馬に俯せで突っ伏していた格好のまま、力の入らない腕を頑張って踏ん張り、脚を伸ばしてバタバタさせ続ける私。
反動で徐々に体がずり落ちて、ようやく再び私の足は地面を捉えたのだった。
馬から下りた体制のまま、振り返ると――
恐らく、こんな始めから狂った状況じゃなければ、とっくに悲鳴を上げているであろう光景が私の目の前に現れた。
「あ〜あ、積荷がこぼれちまってやがる……仕方ねえ」
私の記憶が確かならば、さっきまでここには、私を取り囲んでいた野卑な集団がいたはず。
それが今は――
恐らく『彼ら』であったであろう人間たちは全員地に臥し、微動だにしないではないか。
それどころか、彼らの身体からは血と思われる体液が流れ出て、地面を赤く染めていて。
先程私を掴んだ男をはじめ……、彼らはそれぞれ体のあちこちを、まるで野菜のように乱雑に切り刻まれ……
その彼らの一部だったと思われるものが、辺りに散乱しているのだ。
まさに、凄惨としか言い様がない光景。
唯一の救いは、散らばっている『人間だったもの』たちが、私を攫おうとした極悪な悪人だったということだけ――
その事実だけが、私を辛うじて、気絶するようなショックや生理的な吐き気から救っていた。
だがこれ以上『これ』を視界に入れておくのはあまりにも刺激が強すぎる。
私は視線をそらし、自分が乗せられていた馬の背に頭を預けるように顔を伏せた。
脳裏に浮かび上がる、ついさっき私の腕を掴んで連れ去ろうとしたならず者の顔――
腕を切られ、一瞬で命を奪われ、こちらに体ごと倒れこんできた男の顔は、何が起こったかわからないというようにポカンとしていたのだ。
人を一瞬で物言わぬ死体に変える、圧倒的な『力』。
そこまで思考を巡らせた私は、全身の力が抜けるような気がして、その場にへたりこんでしまうのだった。
半ば放心状態で座り込む私の耳をつく、たった『一人』の気配。
気付かないフリなど到底出来るわけもなく、彼らの死体や馬に括り付けられていた荷物を漁る『彼』を、私は意を決して振り返る。
視界の中に鮮やかに浮かび上がった、赤いシルエット。
「ハッ……、せっかく馬に乗せてやったのに降りちまったのかよ……!
まあいい。
見な、こいつらを――
ないトコロから無理矢理強奪しやがって……
貧しい集落の連中を皆殺しとは、面白れえことやりやがる……
だがな、こうやっててめえらが上前ハネられて死体になってちゃ世話ねえんだよ……!
もっとも、オレ様が相手じゃこいつらに出来ることは何もなかっただろうがな!
ヒャハハハハハ!!!!」
「…………」
赤い外套。
褐色の肌に、白銀の髪。
頬に大きな傷を走らせながら不敵に嗤うこの男を、私は知らない。
が――――
どういうわけか頭の中に浮かんだ言葉を、私は思わず口にしてしまったのだ。
「盗賊王……バクラ……」
「あぁ? オレ様を知ってんのか?
誰だてめえ……」
「あっ……」
咄嗟に口を押さえる。
何を言ってるの私!?
「まあいい……
オレ様もちょいと有名になったらしいからなァ……
……よし、こんなもんだろ……!
今日は馬や積荷以外に女も居るたぁツイてるぜ」
――ぞくり。
こちらに向き直り、低い声で発せられたその言葉に、背筋に震えが走る。
咄嗟に、立ち上がって走り出す――
一瞬で追いつかれ身体ごと攫われ、抱え上げられた時に自分の浅はかさを呪う羽目になったが。
「バカだなてめえは……
さっきの力、見てなかったのか?
貴様を殺さなかったのは単に勿体なかったからってだけなんだぜ……?
今すぐ死にたいってんなら話は別だがな」
「っ……!! 離して……!!!」
「さっきといい今といい、ギャアギャア喚かないのは認めてやる……
だが少し大人しくしてな……! 馬から振り落とされたくなきゃな」
「っ……!!」
「ヒャハハハハハ!!!!!!」
「うぅ……」
どうしてこんなことになったんだろうと考える。
咄嗟に頭に浮かんできた、この人の名前の理由もわからない。
ただわかるのは、私は、この人に攫われて、逃げられないまま、馬に乗せられて、共に荒野を疾走しているということだけ――――
沈み行く太陽が辺りを暗く染めはじめ――
流れていく地面を見つめながら私は、馬の上でバクラと名乗る見知らぬ男の腕に押さえつけられたまま、その体温を感じながら、込み上げる涙をそっと拭うのだった――
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bkm