荒野を吹き抜ける、一陣の風。
「…………」
乾いた大地。
視界に入るのは岩、枯れて朽ちた植物――
その向こうには、恐らく砂漠と言っても過言ではない、見渡す限りの単色の大地――
そして空は、沈みかけた太陽によって赤く染まり、彼方から夕闇を連れてきていて。
その眩しさに目を細めながら、私はため息をついた――
どこ? ここ…………
格好はいつもの制服。しかし手ぶら。
辛うじて靴は履いているものの、砂の混じった乾いた地面に立っているために、靴底が浅く埋まり砂埃が靴を白く汚していた。
「はぁ…………」
首を傾げて、腕を組みつつ考える。
しかし、意味はなかった。
自分が誰なのかは思い出せる。
気だって狂ってはいないはず。
そしてこの、圧倒的な質量を伴ったリアルな感覚は恐らく夢ではない。
しかし――いくら考えても、どうして自分がここに居るのかだけは全く理解できないのだった。
「どうしよう……?」
その問いに、誰も答える者はいない。
答えの出ない問いに、考えても仕方ないと、私はとりあえず歩き出した。
…………、
――徒歩ではない速さを持った存在が荒野を移動し、遠目から私を見つけたこととか。
彼らが確たる意を持つに至り、そのまま密かに私の背後から近付いてきたこととか。
そんなことは全て、夢にも思わずに――――
「ヒヒヒヒヒ……」
「ヒュ〜っ!! 若い女ぁ……!」
「へっへっへ、ジジババしかいねぇシケた集落だったが、帰りにこんな獲物が手に入るなんてツイてるぜ〜!!」
「しかも一人とか!!!
……おい、気狂いじゃねえだろうな?」
「…………」
まずいことになったらしい。
今、私を取り囲んでいるのは――
「へっへっへ……
お嬢さん、どこへ行くのかな?」
――どう見ても、映画の中に出てくる悪人集団のようで。
「めんどくせえなぁ、さっさと攫っちまえよ」
――スクリーンから抜け出てきたような、荷物の括り付けられた馬に乗っている小汚い男たちは、口々に乱暴な言葉を吐き下品な薄笑いを浮かべていて。
「そう焦るなって!!
イヤなんだよ、狂ってる女はよ……
こいつ格好変じゃねえか?」
――辺りに視線を走らせてみても、すっかり囲まれてしまっていて全く逃げられる様子のない現状に私は。
「女なら何だっていいだろうがよ!!
おい、てめーの馬に乗せな!」
「へいへい!」
――収縮していく心臓と氷のように冷えていく身体と震え始める膝を抑えられず、喉は張り付いて、たった一言の言葉さえ発せないのだった。
「おっと!!!」
「あっ……!」
意を決して咄嗟に走り出したその行動さえ、馬を操る男たちによって容易に阻まれてしまう。
「げはは、狂ってはなさそうだぜ! 良かったな!!」
進路を男に塞がれ、足がもつれ地面に倒れこんだ身体を、素早く起こすことも出来ず――
「グハハハ」
馬上から伸びてきた腕に、強引に腕を掴まれた時に。
もうダメだと、悟るのだった――――
ガガガガガガッ
見えない『何か』が、唐突に拡散したような感覚。
次いで、刹那の沈黙。
やがて、どさどさと音を立てて何かが崩れ落ちる音。
「……!?」
ならず者に掴まれていたはずの自分の腕がいきなり軽くなったと思ったら、『それ』だけが本体から切り離され、ぼとりと地面に落ちてきた。
「ッッッッ……!!!!」
咄嗟にあげそうになった声を、息を呑んで堪える。
手、が…………
私を掴んだ男の、手が――
腕、だけが、地面に――
完全に凍りついた思考の中で、ふと陰った視界に顔を上げてみれば、今度は『本体』がこちらに倒れてきて――――
「おっと」
潰される、と思った瞬間に、反転した視界。
地面から離れる自分の足と、そのまま浮く身体。
さっきから、何もかも、まるで理解出来ない。
――最終的に。
私の体は元々立っていた場所から丸ごと強引に運ばれ、何かの上に乗せられたようだった。
ある程度の高さがあるそれに、まるで積荷のように積まれてしまった私は、半ばパニックになって地面に届かない足を宙でバタバタさせた。
そして、自分が乗せられたのが無機物である荷台などではなく、身じろぎをし体温のある動物だということに気付き。
遅れてそれが馬であることを、私はようやく理解したのだった。
「危ねえ危ねえ……
血まみれの死体の下敷きになった女なんざ、回収するのもダリィからな」
鼓膜を震わせた声には、どこか聞き覚えがあるようで――
やっぱり、なかった。
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bkm