ふたりのあなた 2



一目で違うとわかる、赤い外套を纏った筋肉質の身体。
褐色の肌に、雑に伸びた銀髪。

頬には大きな傷が走っており、これはどう見ても――


「ごめんなさい人違いでした……」

「あぁ!?」

「ッ、ごめんなさい!!
声が同……に、似ていたから!!」

不機嫌そうに声を荒げる男に、思わず肩を竦めて顔を伏せ、謝罪の言葉を口にする。

「何者だよてめえは……つーか同業者か?
他の仲間はどこに居やがる!
正直に答えな……!!」

「えっ、あの……」

また声を荒げられ、ビクリと身体が震え喉元が引き攣った。
それでも、何とか顔を上げ、わななく唇を開く。

「あ、あの……私、違います!!
一人なんです!!!
あの……、その……、
気付いたら私、ここに居て……!!

ここがどこかもわからないし、何でここにいるかもわからないし、その……
ここだけしか灯りついてなくて、だから……どこにも行けなくて……、
あ、何が何だかわからなくて……!!

そしたら、知ってる人の……に、似てる声が聞こえたから……!
思わず、その人かと思って……!!
ごめんなさい!!!
あなたの邪魔をするつもりとかそういうの全くありません!!!
だから、だから……!!!」

視界が滲む。

目茶苦茶な自分の説明にやきもきしながら、夢中で溢れ出る涙を拭う。

「っ、うまく、言えなくて……っ、ごめん、なさい……っ!!」

鼻の奥と喉がツンとして、心臓がバクバクと早鐘を打った。

もはや言葉は紡げず、息を吸って乱れた呼吸を取り戻そうとするのが精一杯だった――


「はぁ……
何だか知らねェが貴様がただのイカレた小娘だってことはわかったよ……
だいたい何だよその身なりは……異国の娼婦か?

……チッ……、とっとと消えな」

「…………はい」

男の迫力に押され、非道いことを言われたにも関わらず、思わずハイと答えてしまう。

が、何だか釈然としなくて、もう一度チラリと男の顔を見上げてみる――――


ドクン。


――似ている。


そう思った瞬間、心臓が収縮して胸を打った。


さっきは――体格や、服、そして肌の色を見ただけで、咄嗟に別人だと思った。

だがよく見てみれば、その目元――
目の色こそ違うものの、目つき……視線の運び方、そして何より雰囲気が似ている――

邪悪で傲慢で、私が大好きなあの人に――


そういえばこの人はさっき、「どうしてオレ様を知っている?」と言った――

私は、その前に、たしか、あの人の名前を口に――

「バクラ……」

「ッ……!! てめ、やっぱり……!!!」

「あ……!!!」

「てめえ!! 何故オレ様の名前を知っている!?
やっぱりただ者じゃねぇな、てめえは――」

「えぇっ……!! 名前まで同じ……!?」


ズキリ。


唐突に痛み出す頭。

思わずその場に膝を付き、頭を抱え込んだ。


バクラと似ている声、気配を持つ男性――

そして同じ名前。

偶然とは思えない。

この人は、バクラなの……?
あの、私が知っているバクラと、どんな関係が――


ズキリ。


何かが引っかかるが、思い出そうとすると頭が痛んでそれ以上思考が進まない。


私は、何かを――


あの、獏良君の身体を持つバクラと、ここに来る前、何かを話したような――

恐らく、この状況に繋がる何かを――――


ズキリ。


「うぅ……」


ダメだ。思い出せない。


どう考えてもあのバクラと、目の前のバクラには何か関係がありそうなのに、肝心なところが思い出せない。

私は痛む頭を押さえて、その場にうずくまるしかないのだった――











「本当なんです……
私の知っている人は、バクラっていって……
どういうわけか、あなたと似てるんです……
でも肝心な事が何も思い出せなくて……
本当なんです……私……」

「うるせぇ!
死にたくなきゃとっとと歩きな」

「あっ……!」

背中をドン、と手でどつかれて、バランスを崩しそうになった身体が前のめりになってよろめく。

どうにか転ばずに済んだ事に安堵しつつ、涙目になりながらも私は、言われた通りにバクラの前を歩いていた。


「ヒャハハハ!!
そうだ……そうやって前を歩いてりゃ、ちったあ役にも立つだろ……!

罠があったら真っ先に餌食になるのはてめえだからな!!
ちょうどいい罠避けが出来たってもんだぜ……!」

「うぅ……」


彼は盗賊だと言った。
ここは財宝が眠る遺跡で、自分はここの盗掘に来たと。

予期せず、彼の――バクラという名を口にしてしまったがために、私は疑われ――
こうして、縄で後ろ手に縛られて、この遺跡に仕掛けられた罠を彼より先に身をもって受けるために、前を歩かされているのだった。


「そんなにビクビクすんじゃねぇよ……
てめえが罠にかかったらオレ様が何とかしてやるよ!

もっとも、掛かってから何とかできればの話だがな……!
掛かった瞬間即死するような罠だったらさすがのオレ様も何も出来ねえ……
ククッ、せいぜいタチの悪い罠を踏まないよう用心するんだな……!!
ヒャハハハハ……!!!」

「う……」

背後から聞こえる人を馬鹿にしたような冷酷な物言いに身震いするも、それがまた……あのバクラを彷彿とさせ、不思議と恐怖のどん底には陥らずに済んでいるのだった。

我ながらかなり脳天気だとは思うが、こうなった以上仕方ない。


もし……、ここであっけなく死んでしまったとしたら――

あの獏良君の身体を持つバクラは、ちょっとは私の事を気にかけてくれるだろうか――

いや、そんな事、期待したって意味な――――


「っおい!!!」

「えっ?」


ブウゥゥン!!!

背後から掛かった声に思わず首だけ振り返ると、風を切るような音を立てて何か巨大なものが目の前を通り過ぎていった。

少し離れた先には私の後ろを歩いていた盗賊のバクラが引き攣った顔でこちらを凝視していて――

先程まですぐ後ろにいたはずなのに随分と距離が離れてるな、と疑問に思っていたらまた風を切るような音とともに、先程の大きなモノが戻ってきて目の前を通り過ぎた。

首筋を撫でるぬるい風。

「え………」

その巨大な何かに視線を合わせると、それは――


「ッッッ!!!!」


ゾッ、と背筋が粟立ち、その場に硬直してしまう。


巨大な何かは、左右に大きく振れ続ける刃のようなモノで――

あと一瞬、渡るのが遅ければ、私は文字通り即死していただろう。

恐らくバクラは、罠に気付いて早めに立ち止まったのだろう。
が、私は何も気付かずに一人で先に進んでしまったらしく――


ようやく状況を把握し、言葉を失い固まったままの私を見たバクラは、何が面白かったのかまたヒャハハと嗤い、松明を片手に器用に罠を避けてこちらへ駆け寄って来たのだった――


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