ふたりのあなた



「あのさ……、
バクラって、昔はどんな姿だったの……?」


目の前でデッキをいじるバクラの顔を見ていたら、ふと湧いた疑問。


「今のその身体は獏良君のものだもんね……?
昔からその姿、ってわけでもないよね……?」


いや、正確にはそれは以前から度々思っていたことであったが、何となく訊くのも憚られて今までちゃんと口にしたことはない疑問だった。

魂はたしか、盗賊だとか言ってたけど……


「あ、言いたくなければ別にいいよ……!
訊かれたくないことだったらごめんね」

反応のないバクラに慌てて二の句を継ぎ足したところで、不意に彼の鋭い双眼がこちらを睨み、その真剣な目に思わず心臓が跳ねた。


「……知りたいか?」

抑揚のない、静かで――それでいて、聞く者を威圧するような存在感のある声が発せられ――


本当にどうして、あの優しい獏良君の肉体を借りてるだけなのに、こんなにも違った声を出せるんだろうという疑問が頭をかすめるが――
ともかく私は、気付けばバクラの問いに「うん」と答えてしまっていたのだった。

彼が薄く嗤ったのも知らずに――











「ん…………」


頭が痛い。


固い。


あまりの違和感に引っ張りあげられた意識を無理矢理覚醒させ、ふと目を開ければ――


「ッ!?」


!!!???


目を開ける。


目の前に広がったのは、――――壁?


「えっ……」


思わず声を発して、気付く。


自分は――


固くて冷たい、床の上に寝転がっていて。


のろのろと身体を起こし、頭を振って辺りを見渡すと、視界の中には、見知ったものが何一つない世界が広がっていて……


まず薄暗い、と思った。

それはまるで、夜停電した時に、明かりがわりに仕方なく部屋で何本も蝋燭を灯してみた、といったような。


それから地面……否、石のような床……やたらと埃っぽくて固い。

そして、上は――やたらと高い、天井なのだろうが……暗くて細部まではよく見えなかった。


横はといえば。
先程目を覚ました瞬間に視界に入った、壁……、何らかの模様が描かれた石のような壁。

蝋燭のような何かが設置されているそれは灯りを放っていて、私はようやく――

ここが何かの建物の中、それも、古めかしい遺跡のような何かの場所であることを理解する。


どこ?

ここ……


それが、真っ先に浮かんだ疑問だった。





「なんで……こんな……」

事態を把握できずぐるぐるする頭を抱え、のろのろと立ち上がり、壁に寄り掛かる。

壁を背にしたところでようやく、深呼吸をしてから改めて自分を確認してみた。

鏡がないので顔の状態ははよくわからないが、少なくとも服はいつもの制服姿だった。
辛うじて靴は履いていたものの、手には鞄も何も持っておらず……


再び辺りをキョロキョロ見渡すも、人の気配は全く無く。

それどころか、よく見ればここが、この建物のような室内の、何か通路のような場所である事に気付く。

そして蝋燭が点っているのはあろうことか自分の周りだけで、どちら側もまだ続いていると思われる通路の奥は、灯りが届かずただ暗闇を湛えているだけなのであった。

当然、こんな状況ではその暗闇の中へ歩き出すことも出来ず――

もはや言葉も出ない状態で、どうしよう……と、灯りが届く中にのみ留まりながら私は、震えながらしばらく放心しているしかないのだった――

バクラ……

押し潰されそうな孤独感と不安の中で、彼の存在を思い出す。

しかし、ケータイも何も無い今、この状況を彼に伝える事は不可能だし、そもそも――

この不可解な状況が、一体何故どうやって引き起こされたのかがわからない――


ズキリ。


何かを思い出そうとすると、頭が痛むことに気付く。

「なんで……」

胸の中に言い知れぬ不安感と、漠然とした恐怖がさらに広がっていく。

突然知らない場所に一人、事情もわからずに放り出されて――

いったい、何をどうすれば――――

自然と滲む涙。

「バクラ……」

彼の名前を呼んだって無駄な事はわかっている。

しかし、この状況では、冷静な判断など出来そうも――





コツ……


鼓膜を震わせた、音。


それは、光の届かない通路の奥……暗闇の中から発せられた。

まさか……、暗闇の中に誰か居る……??

このどうしようもない状況の中で、他の人間が現れてくれるというのは非常に心強い。

しかし――

ここは得体の知れない知らない場所。

もし……、この暗闇の先にいる誰かが、悪意を持った人間――

それどころか、人間ですらない「何か」だったら――??

浮上した可能性に、思わず口を手で塞いで息を呑む。


長い沈黙――


音も、もはや何も聞こえず――――





「おい……そこに居る奴。
殺されたくなきゃ三秒以内に返事をしろ。
さもなくば――」

「えっ、バクラ!?」

「ッ!!!???
なっ……女!? 誰だてめえ!!!」

「えっ……、だって、その声……」


ユラリ。


「ッ……!!!!!」

「誰だてめえ……
どうしてオレ様だとわかった……」


暗闇の中から現れた、バクラの声を発する人間は――

私の知っているバクラではなかった――


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