逢瀬はパーティーのあとで2



「立ち話もなんだし、とりあえずもう一回上がってよー」

「…………」


ただ早くなっていく鼓動を胸に感じながら、部屋の中へ引き帰していく獏良君の背中を追った。

「とりあえずソファに座っててよー」

リビングへ戻ると、獏良君は一見いつもと変わらない様子で、柔らかい微笑みを浮かべながらこちらを振り返った。


「…………」

「……ん? どうしたの犬成さん」


整った顔立ちに、白い肌。



「……犬成、さん……?」

「バクラ」


一瞬の静寂が部屋を包む。



「え……」

「バクラ……わかってないよ……」

「犬成、さん……?」

「私がどれだけバクラを見てるか、わかってないでしょ……
他のみんなは気付かなくても、私にはすぐわかるもん……!
意味もなく演技してるの見ると、獏良君が可哀相になるから……本当に……」

吐き出した言葉の勇ましさとは裏腹に、心臓はドクドクと早鐘を打ち、頬には熱が集中していき掌には汗がうっすらと滲み始めた。

もはや彼の顔すらまともに見られない――



「躊躇なしかよ……
オレ様じゃなかったらどうする気だった……?」


ざわり、と辺りの空気が波立ち、獏良君の目つきが邪悪なものへと変わっていく。

――わかってはいたが、こうしてバクラが演技を止め素を晒す瞬間を見ると、背中が粟立ち心臓が派手に跳ねるのを抑えられない。

バクラの存在感に威圧され、震える唇で何とか言葉を紡ぐ。

「間違えないもんそこは……わかるもん」

「…………」

「……ちょっと引いてる?」

「…………チッ……
認めてやるよ、そこだけはな」

バクラはフイと視線を逸らし舌打ちをすると、不機嫌そうに吐き捨てた。


「……まあいい。

で――まぁたいした用なんざ無ぇが……
オレ様もちょいと退屈しのぎがしたくてな……」

気を取り直したように顔を上げたバクラは、またいつものように腕を組んで不敵な笑みを浮かべていた。


「貴様なんかじゃロクな暇つぶしにもなりゃしねえが……まあいい。
オレ様が遊んでやるよ……座りな」

「バクラ……」

きゅっと収縮した心臓が切ない感情を呼び覚まし、瞬時に熱くなる頬が恥ずかしくなって、俯きながら言われた通りにソファに腰を下ろした。


「…………」

正常な思考を失っていく頭をどうにかしようと、自分の頬を手で軽く叩いて喝を入れようとするが、絶えず圧倒的な存在感を放ち続けるバクラの隣に居てはそれも意味をなさないのだった。


「なに緊張してんだ……?
そんなにオレ様が怖ェかよ?
それとも……、淫乱な桃香サマはもう、はしたない事を考えちまって止まりません、てか……?
ククク……」

「!!!! ッ、ちがっ……!!!
あ、ば、バクラがす……ッッ!
む――」

バクラが好きだから近くにいるだけでドキドキする、なんていうふざけた言葉を思わず漏らしそうになって慌てて自分の口を塞ぐ。

いくら正気を失いつつあるとはいえ、我ながらこれはあまりにも無様で異常としか言いようがなかった。

心の中で、後悔や自己嫌悪の感情がふつふつと湧きあがっていく――

が、その思考も、肩に唐突に回されたバクラの腕によって一瞬で霧散した。

文字通り、ただ、思考がフリーズする。


「なあ桃香よォ……
お友達ごっこは楽しいか……?

普段はお友達の味方みてぇな顔をしてても、裏じゃこのオレ様に命捧げるほどイカレちまってて、その上こんな風に弄ばれて悦んでるって知ったら……
皆どう思うだろうなぁ? ククク……」

「ッッッ……!!!」

バクラに肩を抱き寄せられ、至近距離で囁かれた剣呑な言葉に背筋が冷たくなっていく。

「クククッ……
桃香はオレ様の玩具だと教えてやったら、あいつらどんな反応すると思う……?
まあ、始めは信じねえだろうよ……
だがそれが事実だとわかった時、皆……貴様を見る目が変わるだろうな!!
ヒャハハハハ!!!!

あいつらは、こんなオレ様と通じているオマエを、侮蔑の目で見下しながら裏切り者と吐き捨て、オマエはそれに絶望するんだよ……!!!
ヒャハハハ、考えただけでゾクゾクするぜ……!!!」

「ッ……――――」

昂るバクラによって提示された可能性に、全身が強張っていくのを感じた。


「っ……、あ……」


そうだ。
あまり考えないようにしていたけど、いつかそういう日が来るかもしれない――

いや、きっと来る。


バクラと遊戯君達が決定的に対立する日が――


そしてその時、私はバクラ側につくだろう。
というか、どんなことがあってもバクラについていくと決めた。そこは迷わない――


ただ、それは当然、今まで友達として一緒に過ごしてきた遊戯君たちを裏切ることにもなるわけで――


考えないようにしていたその当たり前の行く末を、当たり前のようにバクラから提示されたことで、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、ただ意気消沈するだけなのであった――――


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