サキュバスパロ



「お腹空いたなぁ〜」

そう呟きながら、一人夜空を飛んでいるのはとある悪魔である。

悪魔、の中でも低級とされる、サキュバスの眷族。
いわゆる淫魔の一種である。


「どこかにいい男性エモノいないかな〜
……出来れば若い子がいいな〜なんて」

顔と体だけで判断するなら、人間の女性と同じだった。
健康的な肌と魅惑的な肉感を備えた、まだ少女と言ってもいい年頃の。

面積の小さい布地で豊満な胸を押し上げ、堂々と谷間を晒す上半身。
これまた丈の異様に短いスカートを穿き、惜しげもなく脚を晒した下半身。
そして腹部には、ハートマークを中心に魔術的な紋様をあしらったような、特徴ある淫紋がくっきりと刻まれている。

だが決定的に人間と違うのは、頭と背中に生えた立派な角とコウモリのような禍々しい翼であった。

まさに悪魔。
人間の男性を夜な夜な惑わし、その精を頂く――淫魔サキュバスの少女、だった。


「よーし、今日はあの子にしよう!
まだ若い男の子……しかも一人暮らし!
そしてとてもかっこいい!」

人間だって、きちんとお皿に盛り付けられた綺麗な食事を好むものでしょ?
それと同じだよね、なんてウキウキ気分でとあるマンションの601号室に吸い寄せられていったサキュバスだったが――――

けれども、直後にド後悔する羽目になるのであった!!


「たかが低級な淫魔の分際で……
このオレ様を餌にしようなんざ、いい度胸じゃねえか……!!」

「ッッッッッッッ〜〜〜〜!?!?!?!?」

「いちいち説明しなくてもさすがにわかるよなぁ? オレ様が何者か…………
この身体・・を見てただの人間だと思って油断したんだろうが……残念だったな!
宿主コイツの身体はオレ様のモノなんだよ!」

「ああああああぁぁぁぁごめんなさいごめんなさい申し訳ありません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません!!!!!!!!!!」

即落ち二コマであった。

お腹を空かせた淫魔の少女、うっかり大邪神サマに手を出してしまいあえなくゲーム・オーバーの憂き目に……!?


…………とはいえ。
けれども、なんとか彼女はまだ生きていた。

「まぁいい……今回だけは消さずにおいてやるよ!
淫魔として飢えてて注意力が疎かになってたっつーのは理解してやる。感謝しな!!」

という、某大邪神サマの一声によって。

「なんと……!!
寛大なご慈悲をいただき誠にありがとうございます……っ!!!!
まさか、まさかあなた様のような上位のお方がこの人間社会にいらっしゃいましたとは……!
私の未熟さと不注意が招いた失態、心より謝罪いたしますっっ……!!!!!!」

涙声。

というわけで床に額をこすりつける勢いのジャパニーズ土下座スタイルで畏まるサキュバス少女は、本来であれば『不敬だふざけんな死刑(=消滅)』と宣告されるところを何とか彼の寛大さなのか気まぐれなのかともかくラッキー的なモノにギリギリ命を救われた形になり、密やかに安堵の吐息を漏らしていた。

でも、だって、まさか、これほどに上位のしかも神の座におわします一柱が、棒付きアイスを買ったら当たりが出たよもう一本ドウゾ☆くらいの気安さで『当たる』なんて思わないじゃないデスカ……!!!!!!

そんな風にほんの少しだけぼやきたくもなったサキュバス少女だったが、もちろん神の位を持つ圧倒的上位存在に対してそんなことは死んでも言えるはずがないので、ただ平伏したまま唇を引き結ぶことしかできないのだが。

命あっての物種。
これは人間社会でのことわざらしいが、魔の眷族においてもその辺は全く変わらないのである。

だが。

直後に下された宣告は、結果的に彼女にとっては死刑宣告が終身刑に変わった程度の差しか生まなかった。
つまり――

「だが、罰は受けてもらうぜ……!!
オレ様の肉体うつわの精を貪ろうとした罪、つまりオレ様という上位の存在に手を出そうとした罪、これらの罪により貴様の身柄はしばらくオレ様が預からせてもらう……!!
そう、オレ様がいいと言うまで貴様は断食・・の刑だ!!!!

……なぁに安心しな、ニンゲンの食べ物くらいは多少恵んでやるよ!
食えればの話だがな!
ヒャハハハハハハハハ!!!!!!」

ハリのある哄笑はとても傲慢で、清々しいくらいに邪悪だった。


「…………………………………………………………、
ハイ、死なないようにガンバリマス…………」

哀れサキュバス少女、強制断食修行のはじまりはじまり☆であった。


「ところで貴様……名前は」

「あっ、桃香です…………あっ」

などと、サラリと名前を聞かれ、サラリと真名を答えてしまう淫魔であるが……
直後にハッとして顔面蒼白になってしまう。

「桃香…………フフ、覚えておいてやるよ」

そうクククと悪辣に嗤った上位存在の顔はどこまでも邪悪であり――

ああもうだって、悪魔が真名を知られたらそりゃあデメリットしかないじゃないですか!

淫魔より上位である邪神がその気になれば、サキュバス少女の名を口にするだけで彼女に様々な『縛り』を課すことだって出来てしまうのだから!

理不尽な断食・・や何処へも行かせないという軟禁的なのみならず、まさか名を通して淫魔の魂そのものを掌握されてしまうとは……
これでは、隙を見て逃げ出すことだって不可能になってしまう……!

ああ愚かなり、サキュバス桃香。
養分であるそこらの人間男性に名前を聞かれた時みたく、適当な源氏名でも答えておけば良かったのに。

時すでに遅し。
まさに踏んだり蹴ったりとはこのことか!






ヴうううううううう〜〜〜〜

鳴っているのはお腹だが、人間のソレとは多少事情が異なっていた。

発生源はお腹の淫紋であり、まるで充電が減ったことを知らせる時のスマホのように、小刻みに震えて本人にエネルギーが不足していることを伝えていた。

サキュバス。
ヒトの女性とほとんど変わらない外見を持ち、実体としての肉体を持つが、そもそもの栄養源に極端な縛りを持つ種族だと言っていい。

淫魔であるサキュバスの栄養源は、ヒトの男性の精――まあぶっちゃけ精液なのだが――であるが、実はそれを放出する過程で生じるいわゆる性的衝動リビドー、そういった目には見えない欲望や渇望といったオーラまでも包括して吸収し、エネルギー源としているのだ。

サキュバスは低級とはいえ人間とは異なるれっきとした悪魔であり、人間で言うところの人外、オカルト的な存在である。

生物としての肉体と、肉体的な生物学では説明できない魔の要素によって構成される存在。
半分実体、半分オカルト。

精液に含まれるたんぱく質だの亜鉛だの男性ホルモンだの果糖だのをただ物質として摂取すれば良いというものではないのだ!


「……なので、牛乳じゃダメなんですよぉ……
たしかに、そういう伝説もありますけど……!!」

そんな彼女は、上位存在である大邪神サマからの罰により断食・・を命じられていた。
結果としての空腹である。

「でも、ちょっとエッチなシチュエーションで牛乳を口移しとかしてくれれば話は別ですよ!
……あとは、似た感じのだと、蜂蜜とか塗って舐めさせてもらえば……なぁんて、あっドコにとは言いませんケドあははっ、うふ……

――ひぇっ、ごめんなさいごめんなさい、ただの説明であって例えばの話なので――――うぅっ、お腹へった…………」


千年リングと呼ばれるいにしえの宝物を揺らめかせながら舌打ちしてくる大邪神には有無を言わさぬ威圧感があり、サキュバス桃香はまるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまることしかできないのであった。

その割にはけっこう挑発的な口を叩いてないか? という疑問が当然湧くのだが…………、
一応それには彼女なりに理由がある。

というのも。

彼の魂の本質は大邪神とはいえ、どうやら人格のベースは元人間らしいし、そもそも肉体はただの器でしかない普通の人間男子なのだ。

つまり、ガワが人間である彼には日常生活としての衣食住が必要だし、人格的な機嫌の善し悪しもあるということで。

そんな彼が、愚かなサキュバスを罰と称して捕えつつもただ籠の中で弱っていくさまを見ているだけの趣味の悪い昆虫観察に本当はどれだけ楽しさを感じているのかは疑問が残るところであり、だからこそ、そこが桃香にとっては突破口になるのかもしれなかった。

つまり。

大人しく監禁という名の罰を受け入れ彼の身の回りの世話をこなし、めげずに愛嬌を振りまき続けていれば、ツマンネもういいやと飽きた彼が、意外と早々に解放してくれるのではないか――などと、彼女は考えていたのだ!


と、いうわけで。

件のサキュバス少女は、ひどく露出度の高い扇情的な格好のまま、人間用のエプロンなんざを身につけて、空腹で重だるい身体を動かしてせっせと家事という名のご機嫌取りなんかに勤しんでいた。

「……バクラ様と同じく、私こう見えても普通の人間よりは長く生きてるので、人間の日常生活における一通りの家事はできますよ!」

と、フライパン片手にお尻をフリフリ。

やけに短い、というか下着丸出しの下半身をくねくねさせて媚びてみるのだが、当の彼は軽く鼻で嗤って、前から見ると裸エプロンにしか見えない淫乱サキュバス桃香を一瞥しただけだった。

その柔らかそうで蠱惑的なお尻からは悪魔の証である長細い尻尾が生えていて、ハート型になっている尾の先端をウネウネとしきりに動かしている。

本当は飽きて解放なんかじゃなく、淫魔特有の魅了チャームが効いて催淫状態になってくれれば、今すぐ栄養補給ができるし一番いいんだけど…………なんて考える桃香だったが、こうやって残り少ない魔力を振り絞って誘惑してみてもいっこうに邪悪なご意思サマには効いている様子がないので、やっぱり上位存在には力が通じないのだと諦めるのだった。


「ふーん、淫魔にしちゃあ上出来じゃねえか。
……ハハ、てめえも食えばいいのによ」

「………………、」

バクラと名乗った邪悪なるお方は、サキュバス少女が作ったハンバーグをもぐもぐと頬張っていた。

彼と向かい合って食卓についた桃香は、相変わらず空腹を覚えながら彼が料理を口に運ぶところをじっと眺めている。

時折唇を舐める仕草がとても色っぽいし、なんというか、作ったものをやけに素直に食べてくれるところも含めて、可愛いというか…………いやいやいや、相手は哀れな淫魔を罰と称して監禁して悦に入っているような上位存在だし……!!

でも気前よくこうして座らせてくれて食事を勧めてくれるのだから、あながち悪いお方では…………いや、でもサキュバスが一番望むものを知っておきながらそれ・・だけは決して与えてくれないのだからやっぱり恐ろしい存在!!

……なぁんて、ぐるぐると考えていると。


「こんなモン作れるまともな味覚はあんのに、食わねえっつーんだからよ……
ククク、つくづく難儀な種族だなぁサキュバスってのはよ!」

普通に嫌味なのだろうが、言い換えれば『この料理悪くない』とも取れるのがまた複雑だ。

「一応人間のごはんも食べられますけど、あんまり意味がないと言うか……。
人間で例えると、調味料を舐めてる感じ? ですかね……無いよりはマシだけど、それだけじゃお腹にたまらないし死んじゃいますよね、っていう。
せっかくなので、ちょっと頂きますケド…………」

と返して、食卓にあったパンにそっと手を伸ばしてみるサキュバス少女。

だがその手は何故か遮られ、かわりにもう一つのパンが目の前に差し出された。

(あっ手が!?
……触れたけど、エッチなシーンじゃないから何も吸収できないっ……!!
惜しいっ……!!)

「ほらよ! ニンゲン男の唾液つきだぜ、こいつはどうなんだよ?」

「――ッ!?」

クククと嗤うバクラは少し愉しそうに見えた。

「え……、ぁ………………、モガッ」

答えを待たずに、食べかけ・・・・のパンを口の中に突っ込まれる。

「ッッ……、もぐっ、いやあの、っ…………、」

もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。

目を白黒させつつも、とりあえず口の中に入ったものは平らげようと頑張る、意外とお行儀のいい桃香を見つめ。

「ククク……」

やっぱり愉しそうに嗤うバクラは、ぺろりと自分の唇を舐めてみせた。

「ッ、………………………………………………、」

ドクリと鳴ったのは、一つだか二つだかある悪魔の心臓だ。

間接キスとかいう人間の世でほんのちょっとだけ性的なニュアンスを孕んでいる行為と、目を合わせて舌なめずりという意味ありげにも取れる行動に、ほーんのちょっとだけエネルギーとなるオーラ・・・を嗅ぎ取ったサキュバスなのであった。

それで減りきった腹など膨れるはずもなく、本当にほんのちょっとだったけど。

それでも彼女はこの瞬間、わずかばかりは満たされたような気がしたのだ。
少なくとも、ただ調味料を舐める・・・・・・・よりは。


「………………………………、」

サキュバス少女桃香は黙り込んでしまった。

謎の胸の高鳴り、ほんの少しだけ満たされたお腹。

本当は、今すぐ解放して欲しいのに。
あるいは、精という名の栄養をちゃんと与えてくれれば、それでいいのに。
そのために、弱っていく身体で彼に媚びてみたのに。

こんな風に、変に優しく(?)されたら、困ってしまうではないか……!!

血の通う生身の悪魔の心臓を動かすのは人間には知覚できない魔力であり、魔力を生成するためにはエネルギー源である人間男性の精が必要であり、定期的にそれを得なければ魔力は失われていく一方なのだから。

それなのに。


「フフ……食べかけのパンごときじゃ、腹の足しにはならねえってか?
ハッ、なら、オレ様をもっと楽しませてくれたらもうちょっとイイもんくれてやるよ!

そうだな……………………、じゃあ、そこでオ●●ーピーーでもしてみせな!
男を誘惑するサキュバスがどうやって自分を慰めるのか、じっくり見てやろうじゃねえか!
ヒャハハハハハハ!!!!」

なんかピー音が入った気がしたんですが気のせいですかね?

バクラを名乗る人格・・まだ人間だった頃・・・・・・・・は、普段はそういうの興味ない風に見えて実はけっこうガツガツ行く方で、意外とプライベートな空間では性的な発言してたタイプの肉食系男子だったんでしょうかね?

――――前言撤回。
やっぱり大いなる邪神サマは、全然優しくなんかないのだッッ!!





正直に言って屈辱だった。

何故ならば。

サキュバスとは、人間の男性を誘惑し性行為を行ない、その精を頂く淫魔であり悪魔である。

であれば。

サキュバスが自らの手で自分の身体を暴き、痴態を人間に見せつけることがあるとすれば、それはあくまで人間を誘惑するための手段の一つでしかないわけで。

それを……それを、あろう事か。
別に行為に至るための雰囲気を盛り上げるためでもなく、男の興奮を促す材料でもなく、ただ腕を組んで嘲笑いながらまるで発情した昆虫が交尾相手を求め必死に求愛するさまを見つめるように、ひたすら観察・・されるだけなんて!!

そりゃあ、男と言っても人間なのは肉体ガワだけだし、中身は邪悪な意思で闇そのものである上位人外なんだけども。

でもやっぱり、この状況――――フフフだのヒャハハだの嘲笑うだけの彼の前で、ただ視姦という名の消費をされるためにオナニーショーを披露するのはサキュバスである桃香にとって大変な屈辱なのであった。

……というか、ぶっちゃけ、恥ずかしくてたまらないというか…………!?

観客一人、しかもヤル気のない冷やかし客だけ(けっこう偉いヒトなので逆らえない)なんて、どんなブラック舞台だよ!?
と思わずツッコミたくなる桃香なのであった。


……………………とか言いつつ。

「ン……、ふ…………ッ
はぁっ、コレ、結構ハズカシイ、んですけど…………っ ん…………っ!」

ベッドという名の舞台の上で、やや控えめに脚を広げ、戸惑い気味に秘められた部分を自分で弄るだけの作業。

けど何だかんだ言いつつ、カラダはちゃんと反応するし、否応なしに語尾に見えないハートがついてしまうのは淫魔のサガなのか。

いや、屈辱だし戸惑いはあるけど、彼に対して嫌悪感があるわけではないし……なんて。

「ンっ……、はぁっ、あん……!」

けれどたった一人の観客・・は、それが初舞台だからと手心を加えてはくれないのだ。

「……おい、やる気あんのかサキュバスさんよぉ……!!
もっと観客によく見えるようにサービスすんのがスジってもんじゃねえのか?」

野次が飛んできた。

もっと脚を広げてよく見せな、とその声は言っていた。

「天下のサキュバスともあろう淫魔が、そんなやる気のねえ自慰行為で満足するってのか?
そんなわけねえよなぁ?」

ヒャハハハ、と嗤いながら煽り文句で叩かれる。
そんなハリセンみたいな軽いノリでバシバシと叩かれても……。

ざわざわ。

心がざわめき、ちょっぴり涙が浮かんでくる悲しき淫魔なのであった。

「ど、どうぞ…………私の淫らで無様な自慰行為をお好きなだけご堪能くださいませっ…………、うぅ……っ、あぁん……!」

と、羞恥心を押し殺してたった一人の冷やかし客(しかもお偉いサマ)に媚びてみるのだが――

「つまんねえオナニーショーだな……!
淫魔だからちったぁ楽しめるかと期待してみたが……意外性もなし、派手に盛り上げてくれるわけでもなし……
ただモジモジとお行儀よく弄り回して、控えめにキモチ良くなって……、ケッ、貴様それでも淫魔か?」

――――――――――――――、

カラダと心がバラバラとはこういうことを言うのだろうか。

サキュバスは半分生身、半分オカルトな存在。
生物……というか人間的な、いわゆる心というものだってあるし、喜怒哀楽をはじめ自尊心とか羞恥心とか、はたまた実は恋愛感情まで、そういう感情の機微だってちゃんとある。

そりゃあもちろん淫魔の性質上、その基準はごく一般的な人間とはちょっと違うかもしれないけど。

サキュバス少女は戸惑っていた。

自分の指で、元来ならば自分の一番武器・・とする部分を撫で回して、それをこれ見よがしに見せつけて、カラダはとても悦んでいるけれど。

でも、そんな誘惑・・をちゃんと消費・・してもらえず、面白半分で野次を飛ばされながら鼻で嗤われるだけだなんて。

悲しいし、虚しい。

強引に何かに喩えて言うならば、頑張って作った料理を、一口も手をつけずにただつついて遊ばれるだけ、みたいな感じだろうか。

……いや、実際のお料理の方は、彼はちゃんと全部食べてくれたけど。
そうじゃなくて……!!

しかもそれだけじゃない。明確にマイナス・・・・なのだ。

なぜならサキュバスは、性的に興奮すると微力ながら魔力を消費するのだから。

それは喩えるなら、大きく息を吸わなければならない時に、一旦肺の中の空気を全部吐き出すようなものだ。

全て吐き出した後に、人間男の精という新鮮な空気が供給されると分かっているからできる行為であって――体中の酸素を放出してしまった後に新しく供給されないと分かっているこの状況では、自慰などただの自殺行為でしかなくて!!


「ごめんな、さい…………
ごめんなさい、っ申し訳ありません、申し訳ございません…………!!
もうゆるして、ください…………っ
つらい、です…………っ! もう、死んじゃい、ます…………っ
ごめん、なさい……、迷惑、かけてごめんなさい…………っ」

語尾にハートマークがついてる感が若干あって台無しだが、ガチ泣きであった。

人間は酸素供給が止まると5分で死ぬ。
半分人外のサキュバスは酸欠になってもすぐには死なないし実は純粋な肉体としての膂力も人間男性よりは強力だが、それはあくまでも魔力あってのことだ。

人間には知覚も理解もできない魔力というオカルトの領分。
悪魔にとっての空気。

――魔力が完全に尽きてしまえば、いくら酸素があってもサキュバスは死んでしまうのだ。


「つまらないオナニーでごめんなさい……っ、バクラ様を楽しませてあげられなくてごめんなさい……っ!
でも、もう、限界、なんです……っ!!
魔力がなくて、お腹空きすぎて、死にそうなんです…………っ」

「……………………ハッ、」

「どうか、許してください…………!!
お願いですから、どうかご慈悲を……っ!!
どうか、どうか……、私を、解放、してください……ッッッッ」

「駄目だ」

彼はどこまでも冷酷だった。
律儀に陰核をなぞり続ける桃香の手が小刻みに震える。

いや、分かってはいたけれども。
それどころか。

「言ったよなぁ……?
オレ様をもっと楽しませてくれたらもうちょっとイイもんをくれてやるってよ。
足りてねぇんだよ! 全然な!!
…………だがまぁ、それがオマエの限界だっつーなら理解はしてやる。
出来ない奴に無理強いしても無駄だからな!

……ククク、随分とシケた舞台だったがまあいいだろう。
お望み通り慈悲をくれてやってもいいぜ……!!
ただし、最後までちゃあんとイケたらだ!」

「ッ…………、」

慈悲が慈悲になっていなかった。

サキュバスの半分は生身だ。
肉体的な絶頂に達すれば、人間女性と同じく至高の快楽を感じる。
だが、肉体的な絶頂を迎えてしまえば、当然それなりに魔力を消費してしまうわけで――

しかし、今さら手を止めるなどという選択肢もなく――――

「うぅ…………、あぅ…………ッッ
ゃ、だめっ……、だめっ、死んじゃ、ァ、アッ………………………………、

ァ、――――――ああああああぁぁぁぁんっっっ!!!!」

ドクリと全身が甘美に震え、最後に残ったなけなしの魔力を消費した瞬間。

桃香の意識は、闇に包まれた。


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