桃香という存在。
『バクラ』という邪悪な意思に想いを寄せ、しかし想いを告げることができず慕情を溜め込み、バクラをひたすら見つめていた女。
バクラはその想いに応える形で――いいや、面白半分で嘲笑とともに彼女に手を出した。
彼女は驚きつつもうっとりとした表情でバクラを受け入れ、やがて歪な男女ごっこは習慣化した。
『バクラ』のことが大好きな女――
どんな扱いをしても、変態めいたプレイをしても悦んで擦り寄ってくる頭のネジが外れた女。
そんな桃香は、普段は『普通』で――
授業中も、友達と居る時も、ごく普通の健全な身の振り方をする少女で――
そんな少女が、バクラの前でだけは変貌するのだ。
まるで、全ての常識を忘れてしまったかのように。
外界と断絶された淫らな閉鎖空間の住人のように、とろけきった表情を浮かべ、甘ったるい声で愛を囁いて。
そんな桃香の好意につけこんでいいように弄ぶのは、バクラにとってただの暇つぶしだった。
今でもそれは変わっていない。
大いなる目的を果たすまでの、ただの休憩。お遊び。
けれども。
単なる『お遊び』でしかない女は、いつしかバクラに自分でも理解出来ない執着心を生じさせた。
執着心――独占欲。
だってそうだろう。
本当にこの行為がお遊びで、暇つぶしなら、自分だけの独占的玩具などと息を荒くする必要もないのだから。
(てめえの執着心に引きずられちまったんだよ……!)
そんなことを思いながら、バクラは桃香の身体を揺さぶり続けた。
桃香の執着心――地獄の果てだってあなたについて行きたいという、一人の少女の常軌を逸した熱情。
そんな苛烈な感情を向けられるのが、バクラは嫌ではなかった。
愛だの恋だのに狂った愚かな人間だと見下しはしても、その手を払い除けることは考えていなかった。
――だから。
「オマエが、悪ィ、んだぜ……!」
吐き捨てた声はやはり切れ切れだった。
目に見えて高まって行く衝動が、あらゆる理性を肉体の方へ
――桃香の身体を犯し尽くして、その奥に全てを吐き出したい
そんなただ一つの欲望だけがバクラの精神を侵食する。
――いいや、やろうと思えば、そんな俗めいた衝動など、強引に切り離すことは難しくない。
肉体はあくまで『器』――
バクラの本体は、肉欲など関係ない千年リングに宿る精神の方にあるのだから。
(とは言え……、3000年ぶりに女を抱くのも旨い肉を食らうのも、なかなか悪い気分じゃねえんだぜ)
彼はこの行為を続ける理由を頭の中で呟くと、自嘲めいた笑みを浮かべながら再び桃香を舐めるように見回した。
律動に合わせてたぷたぷと揺れ動く乳房、赤い鬱血痕が点在する首筋。
強引なキスによって半開きになって濡れた唇、乱れて広がった髪。
衝撃に合わせて揺れる脚、強く掴めば指先が沈む皮膚の感触。
ちゃぷちゃぷと水音を立て健気に男を受け入れている秘部、淫靡に蠢いて収縮する腹のナカ。
何をされても開かない二つの眼。
縋って絡みついて来ることもなく、だらんと投げ出された腕。
「桃香……っ」
再び彼女に肉薄し、耳元で囁く。
確かに鼓膜を震わせているはずのその声は、きっと脳内には届いていないのだろう。
彼女の匂い――シャンプーやボディーソープなどの人工の香りと、彼女本来の香りがバクラの鼻腔をくすぐる。
ほとんど本能的に耳の裏に鼻を埋め、深く息を吸った。
脳髄がビリビリと痺れるような気がするのは、もはやこの
「ン……、」
桃香の耳朶を噛み、夢中で腰を打ち付ける。
膨れ上がる衝動が、このまま彼女の奥に全てをぶちまけ注ぎ込みたいという欲望と一つになって行く。
唇を塞ぎ、しかし律動がもどかしくて、名残り惜しむように離す。
「先にこっちにブチ込んでやれば良かったぜ」
ぺろりと彼女の唇を舐めたところで、もはや全てが遅い。
「……ハッ、おまえもイっちまえよ……!
意識ブっ飛んだまま、体だけイっちまえ……っ!」
耳元で唱えてから、意を決してがぶりと首筋に噛み付く。
さほど強い力ではない。彼女の皮膚に傷跡が残るようなことにはならないはずだ。
「ン、――――ッ……!」
くぐもった唇の中で、人知れず桃香の名を呼ぶ。
せり上がる射精感が、バクラを絶頂へと押し上げていく。
――そして。
「……っく、ッッ――――!!!」
心地よい恍惚の中で、バクラは全てを桃香の中へと吐き出していた。
「っあ、……くっ」
生理的反射で押し潰された喉から勝手に声が漏れ、ほとばしる情欲をありったけ、深く押し込むようにして桃香の奥へと注ぎ込む。
「…………っ、……、」
彼女自身もまたきつい収縮を繰り返していた。
オスの精を一滴残らず絞り取るようなその動き。
彼女もまた眠りながら絶頂に達したようだった。
「…………ハッ、」
びゅく、びゅくと噴き出る精を出し尽くすまでの、僅かな至福。
一瞬だけ世界が吹き飛ぶような、脳髄が焼け付くような肉体的快感は呆気ないものだ。
あとに残るのは、精神的な達成感と満足感だけなのだから――
彼女の首筋から口を離したバクラは、彼女が目覚めていないことを確かめてからやんわりと唇を重ねた。
それからゆっくりと体を起こし、己自身を桃香から引き抜いた。
「…………、」
さっきまで繋がっていた場所。
びく、びくと未だ収縮を繰り返している秘部は、バクラが抜けた後もぱっくりと口を開けていた。
とぷり、と遅れて溢れてくる白濁。
彼の残滓を垂れ流した桃香は、最後まで目を覚まさなかった。
「…………」
笑い声さえ出ない。
あるのは圧倒的な愉悦だった。
この光景を目に焼き付けて初めて、目的が達成されたと言っても過言ではないのだから。
『計画』を頭の中で練り上げ終わった時の達成感、邪魔な奴をぶっ殺した時の高揚感――
それらに及ばずとも、どこか似たような万能感。
「……本当にイイぜ、オマエ」
息を整えながらポツリと漏らした一言は、バクラの嘘偽りのないどこか晴れやかな本心だった。
未だ桃香は眠ったままだ。
己の知らないところで体を犯され、
冷えた頭でバクラは、ふと思い出したように彼女の
千年リングと朧げに繋がった女の、大まかな感情――
「…………ハハッ」
それは、とろけそうなほど甘い恍惚感と、至上の幸福感だった。
「意識ブっ飛んでんのに、どれだけ気持ちよくなってんだよ」
思わずクククと肩を震わせる。
それは、淫らな欲望に忠実である彼女を嘲笑う気持ちもあったが――
どこかそれだけではない、彼女への
つまり、意識がないにも関わらず愛する男を全力で受け入れ、きちんと達してくれたことに対する彼女への……。
目を覚ました桃香は、己の身に起こった異変に気付くだろう。
しかしその時、傍にバクラがいなければ、自分が
気を失っている間に、誰かに犯されて汚された――
そんな事実に愕然とし、怯える彼女の感情を遠くから
そこへ何食わぬ顔で出ていって、必死に普段通りに振舞おうとする桃香を想像すると、嗜虐心が湧き上がってくる。
彼女は自分が何者かに犯されたことを正直に申し出るだろうか。
それとも隠すだろうか。
もしくは――そうであって欲しいという願いを込めて、バクラがやったんだよねと決めつけてくるだろうか。
それを想像するのはとても愉しい。
愉しい、と思う。
――だが。
結局バクラは、考えた末に、一つの手段を用いることにした。
自身の白い髪の毛を弄り、適当な長さを見繕う。
それから、躊躇なく
そして――
桃香の腕を取り、脈を確かめる。
呼吸も脈拍も正常だ。程なく彼女は目覚めるだろう。
その時、彼女は――……
バクラは彼女の肢体を自然な形で寝かせ、剥ぎ取った上着や下着をそっと傍に置いておいた。
「またな、桃香……」
囁くように告げて、最後に彼女の左手の薬指に口付けた。
勝手に身体を使わせてもらった礼と言うわけではないが、バクラはどこか上機嫌だった。
そして。
**********
「うう、ん……」
体が重い。
胸元がスースーする。
四肢が痺れるように怠く、喉がカラカラに乾いていた。
「…………、」
ゆっくりと体を起こす。
その場に座るように佇まいを正すと、はだけられた胸元と、ひんやりと水気を帯びた下半身の異変に気がついた。
「…………ッッ」
言葉は出なかった。
ブラジャーのホックを外され、外気に晒された胸元。
下着を付けていない下半身――傍には、確かに自分が穿いていたはずの下着が置かれている。
じんじんと疼く体の芯と、ぬるぬるとぬめって冷たくなっている秘部。
床にまで零れ落ちている、この液体は――
「…………っ、」
論ずるまでもなかった。
私は犯されたのだ。
きっと、寝ている……いいや、意識を失っている間に。
こんな酷いこと……人の意思を無視したこんな残酷なこと、許されていいわけがない。
――その相手が、彼でなければ。
「……ふふ」
事実を把握した時、心に湧き上がったのはほの甘い陶酔感だった。
ふと、左手の指にピリリとした圧迫感を感じ、そっと指の根元を確認してみた。
「…………ッ」
それは白い糸だった。
糸……いいや。糸のような髪。
これは白い髪の毛だ。
数本の白い髪が、左手の薬指に巻き付けるようにして結ばれている。
まるで、指輪のように。
「あぁもう…………」
予期せず涙が込み上げてきた。
私は
だって、彼がとてもとても情熱的に私に触れてくれたから、私は途中
――彼は私が目さえ開けず微動だにしないのを見て、
「バクラ……」
バクラ。私の愛しい人……!
彼は、たぶん少し迷った挙句、私が本当に
その白い糸のような髪を、私の指に結びつけることで。
眠っている私を弄んだのは自分だと。
言外に、そう主張するために。
「ばか……」
彼がこの一言を聞いたら怒ることだろう。
けれど、けれど……!
バクラ。バクラ……!!
あなたはなんて可愛らしいひと……!!
――そう。
私はずっと気付いていた。
というか……バクラが私にリングの力を使った時。
私は確かに昏倒した。
四肢は自由を失い、意識は闇へ落ちた。
けれども。
私は程なくして、目を覚ましたのだ。
ただし、
意識だけが覚醒した私は、けれど瞼を開くことも出来ず、指先一本動かすことが出来ず、声さえ時折反射で喉の奥から漏れる喘ぎのみという有様だった。
それでも、外界の音や、肌に触れる感触、呼吸と共に鼻腔をくすぐる匂いはいつも通りで。
視界が暗闇に染まる中、何者かに下半身をまさぐられていると気付いた私は、それこそ息が止まりそうなほどビックリした。
けれども、それもほんの一瞬だった。
私に触れる手――
ふわりと漂ってくるよく知った匂い、そして――
目を閉じたままの私に呼びかける、欲情が滲んだ彼の声。
幸い私の身体は彼の愛撫に素早く反応した。
とろとろに溶けきった場所に彼を打ち込まれた時なんかは、意識が飛びかけて、暗闇にも関わらず世界が瞬いた。
奥を突かれ、全身を揺さぶられて。
眠ったままにも関わらず快楽を拾っていることに気付いたのだろう、バクラは私が好む部分をぐりぐりと刺激した。
もちろん私は思うように嬌声を上げることすら出来ない。
彼に縋りつくことも、身を捩ることも、愛を囁くことも出来ず――
いつもは喘ぐことで発散している快楽の行き場さえ封じられたら、頭の中がどうなってしまうかなど、火を見るより明らかだった。
まるで蓋をきっちりと閉めた炭酸飲料のボトルを振り回した時のように、熱情ばかりがガスのように膨れ上がって、けれどどこにも逃げ場はなくて――
私は、最中に何度も意識を失った。
正確には、もっと朦朧でぐちゃぐちゃでわけが分からなかった。
覚醒、胸を掻きむしるような心地良さ、バクラの声が聞こえて、唇を塞がれて――
唾液を流し込まれ、砂漠で飢えた旅人のようにそれを渇望したら半ば反射で飲み込むことができて、それから狂いそうな程の思慕と悦楽――
意識が飛んで、朦朧としてたゆたって、耳や首筋に何度も唇を寄せられて――
穿たれ、犯され、犯され、のしかかられて、耳朶を噛まれて、名前を呼ばれて――
耳元で繰り返し囁かれる自分の名前と、不意に漏れる艶めいた声、乱れる吐息と、切れ切れに吐き出される言葉……!
揺さぶられ、叩きつけられて、どこか正気を失っているように感じる彼と同じように、自分も同じ気持ちだと伝えたくても伝えられずに……!
愛しさと、寂しさと、充足感と、圧倒的な快感で頭の中がぐちゃぐちゃになって!!
意識が切れ切れになって、蕩けて、一つになって、最後に、私は――!
目を開けることなく、彼と同じく絶頂に達していたのだ。
そうして、唇が重ねられたのを最後に、今度こそ私の意識はたった今まで目覚めることがなかった。
だから、バクラが私の指に『仕掛け』を施してくれたことも知らなかった。
それが――全てだった。
「バクラ……、バクラ……!!」
愛しさが込み上がる。
私は、あの時彼に抱きつけなかった寂しさを紛らわすように、白い髪が結ばれた薬指に何度も口付けた。
「あなたが、好き……!」
この『
愛してる。
愛してるよ、バクラ!!!
余談。
「千年リングの力って……怖いね」
「…………」
「起きてるよ! 私起きてるよ!
って、バクラに伝えたかったのに……伝えられなかったから」
「…………、」
「バクラは意識をこっちに向けてくれれば、私の感情を感じ取ってくれるって言ってたからほんのちょっと期待したんだけど……
さすがに無理だったよね」
「うるせえな……!
盛り上がっちまってそれどころじゃなかったんだよ」
「わ、っ……!?!?」
「……とでも言えば満足か? 淫乱女。
身動き出来ない状態で一方的に嬲られんのはさぞかし気持ち良かったか?
頭がイカレてなきゃいいがな」
「……気持ち良かった、けどちょっと辛かった……
バクラの顔、見れなかったし……」
「ケッ……そうかよ」
「でも、あなたの声、とか……ちょっと、可愛かったから――」
「ふざけたことほざいてんじゃねえよ……!
今度は本当に、完全に気を失った状態で嬲ってやろうか」
「えー、それはもったいないよ〜……!
せっかくバクラが触ってくれてるのに……」
「なら動画でも撮ってやろうか?
ククッ……寝たまま自分が犯される姿を見て、羞恥心に悶えるんだな」
「興奮す……じゃない、それは恥ずかしいよ……」
「……フフッ」
END
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