焼け野原になった地から脱出する船上。船は百年前に作られた豪華客船のなれの果て。操舵手は小船しか扱ったことがないので覚束ない。手の平には汗。時は夜。千畳のダンスホールに集まる乗員。中央で何やら訳の分からない弁舌をふるっているのは扇情的な衣装の婦人。彼女は昔千錠もの薬を飲み自害しようとしたが叶わなかった。その世迷い言に真面目に耳を傾け相槌を打つのは洗い屋。成人にしては極端に小柄な彼女は、この世のありとあらゆる物を洗浄してきたらしい。服や皿はもちろん、生きた動物、死んだ人間、機械や空気、人間関係。彼女は此度、船が脱出してきた地を洗ってきた。おかげで土地にはきれいさっぱり何もなくなった。何もなくなる前そこは戦場だった。ダンスホールの端には戦場で活躍した兵士がうずくまっている。左腕を失った兵士。彼の目には何も映っていないが、耳には音楽が聴こえている。船上のダンスホールに響く音楽ではない。焼け野原でおとめが弾いていたヴァイオリンの音色。曲はG線上のアリア。焼けただれた丘の上に真っ直ぐ立ち弓を鳴らすおとめに、兵士のちぎれた腕も癒された。だが次の瞬間、おとめは別の狂った兵士に無数の銃痕を穿たれていた。兵士の頭の中でおとめの弾くヴァイオリンが延々と繰り返す頃、操舵室の男は扇状の湾に船を乗り入れる。大型船の底は岩礁に割られ、全ては水泡に帰す。



第47回フリーワンライ参加作品
使用お題:せんじょう(船上、千畳、扇情、千錠、洗浄、戦場、線上、扇状)






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