巨大な城とそれを取り囲む街のみで成立している世界だった。
 内乱はすなわち世界の崩壊だった。民の蜂起により王は斃れ、入り乱れ争った兵と民は一人残らず城の中や街の路地のそこかしこに転がっていた。
 最後の一人が息絶えようとした時だった。閉ざされた街の内部へ入り込んだ者がいた。薄い息をかろうじて繰り返しながら、路地に倒れる若い兵士がかすむ目で見たのは、旅人風の二人だった。
 二人は男か女か、人間かさえも判別しづらい風貌だった。頭巾を目深にかぶり、穏やかな笑みを浮かべている。
「あんたら、」 一体何者だ、という語尾は兵士の口の中でくぐもった。
 それでも二人は彼の声を聞き取り、答えた。
「私は蜜柑」
「私は金糸雀」
「みかん、かなりあ……」 兵士は大事なおまじないを唱えるように、弱々しく鸚鵡返しした。二人は変わらず穏やかな笑みをたたえ、背負った荷物を下ろした。
 蜜柑の背負っていた棺から、古びた楽器が現れた。兵士の見たこともない管楽器だった。
 二人はおもむろに演奏を始めた。蜜柑は楽器を吹き鳴らし、金糸雀はその名の通り透明な美しい声で歌った。さながら鎮魂歌のようだった。血にまみれた城と街に、その音を聴くことができる者は死にかけの兵士ただ一人だったが。
 蜜柑の楽器の音色と金糸雀の歌声は深く絡み合い、螺旋を描いて空へ昇った。何かを呼んでいるようだな、と兵士は思った。
 やがて二人は演奏を終えた。どこが始まりでどこが終わりだか分からないような曲だった。二人は楽器を片付けながら満足げにうなずいた。
「これでまたたくさんのいのちを集めることができた」
 二人はもはや兵士には目もくれず、あっさりとその場を立ち去った。ぐったりと気の抜けた兵士に、先ほどの奇妙な出来事を反芻する力は残されていなかった。血で染まり茜色に滲む視界が最後に映したのは、音楽が吸い込まれた空から降る、この冬最初の雪だった。



(第28回フリーワンライ投稿作
使用お題:この冬最初の雪、みかん、古びた楽器、金糸雀、茜色に滲む視界)






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