初秋の朝早く、ある田舎の山のふもとで、一人の娘が桂花(金木犀)の蕾を摘んでいた。娘の仕える主人の所領地で、別荘の近くだった。主人は桂花の香りを付けた茶をたしなむのを何よりも好んでいた。
 朝も早くのことなので、少し冷えていた。娘は小さな蕾を一つ一つ丁寧に摘んだ。
 さて木の裏側に回り込むと、蕾が全滅している。奇妙に思い、青ざめながら他の数本の木も見遣ると、どの木も同じ目に遭っていた。あるべきはずの蕾の代わりに、蛙のような生き物が木の根元にうずくまっていた。
「お前、桂花の蕾がどこへ行ってしまったか、知っているかい?」
 娘がたずねると、蛙は悪びれずに「おいらが食べてしまったよ」と答えた。
「食べただって? 困るよ。ご主人は桂花の茶を楽しみにしてるんだ。今さっき摘んだ分だけじゃ足りないんだ」
「ごめん、ごめんよう。代わりに同じ花がたくさん咲いてる所に案内するよ」
「そうかい。じゃあお願いするよ」
「ちょっと待っとくれ。そこへ行くにはお伺いを立てなくちゃ」
 そう言うと蛙は綺麗な落ち葉を探し出し、小枝を器用に使い、娘の知らない言葉で字を刻んだ。そしてその落ち葉の手紙をふうと吹いて空へ飛ばした。
 しばらくすると空から何かが返ってきた。それは巨大な花びらだった。蓮の花のようだ。蛙は花びらに乗るようにと娘に目配せした。娘が恐る恐る花びらに乗ると、その瞬間、桃源郷のように美しい泉のほとりに立っていた。
 蛙の言った通り、金木犀の木が辺り一面にあり、良い匂いを放っていた。摘んで良いものか娘が迷っていると、天女のような人が現れて娘にうなずいた。それで娘は安心して仕事を始めた。
 いつの間にか蛙が娘の傍にいた。「おいらが思うに、桂花の茶も結構だが、酒に漬けてみるっていうのもアリだぜ。こっちの世界ではそうやってたしなむのがありふれてる。甘くて美味しいから、すぐに酔っちまう」
 娘は、蛙のくせに酒なんて、と眉をしかめた。次の瞬間、娘は元の山のふもとに帰っていた。
 十分に花を摘むことができた娘は、蛙の言ったことを試してみようと思い、桂花を酒に漬け込んだ。
 酒が熟成した三年後、娘が主人にその酒を出すと、すぐに主人は気に入った。「まるで天上の飲み物だな」と主人が夢見心地で評すと、娘はにっこりと微笑んで「はい、私は天上でこの酒の作り方を教わったのでございます」と澄まして言った。


(第25回フリーワンライ参加作品
使用お題:金木犀、落ち葉、かえる〈蛙、返る、帰る〉)






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