夢を見た。夢の中で夢を見た。


帰りかけて校門から出たら雨が降ってきた。
傘を持っていなかったので校内に戻ったが、教室の中も雨だった。
私の他、教室には一人しかいなかった。私の机で突っ伏して寝ている、私だった。
放課後を告げるチャイムが今更鳴り、その音に誘われて振り返ると、廊下がバーカウンターになっていた。
カウンターの中には、黒髪を短く上品に切り揃えた青年が立っていた。清潔そうな白いシャツと黒い長ズボンを着こなしている。その顔は氷の結晶のように端正だった。
青年は穏やかな笑みをたたえ、「傘をどうぞ、お嬢さん」と私に言った。
すると私の手には既に傘があった。赤い傘だ。私はカウンター席につき、傘を差した。青年は傘も差していないのに少しも濡れていなかった。
カウンターの上にはたくさんのグラスが並べてあって、絶え間なく降ってくる雨水を溜めていた。
青年はグラスの縁を一つ一つ指でなぞり、澄んだ音を奏でた。そして一際良い音を立てたグラスを、私に勧めた。
グラスの中の雨水はどれもただの水に見えるのに、一口舐めてみると甘かった。お菓子の甘さとは違う。もしかしてお酒だろうか(どうやらここはバーみたいだし)。
「どうして甘いんだろう」
「それは君が、夢を見てるからさ」
そうか夢の中なんだ、だからお酒を飲んでもいいんだな。私は開放的な気持ちになって、一息にグラスをあおった。


突っ伏していた教室の机から私は跳ね起きた。夢から覚めたかと思ったが、まだ教室の中は雨だったし、廊下にはバーがあった。
私は再び赤い傘を手に、なぜまだ夢の中なのかと、青年に問うた。
「それは、君が夢の中で夢を見てたからさ」
青年は、頭の良い子供がすらすらと方程式を解くように、間を置かず答えた。それから私に優しく教えた。
「強くまばたきしてごらん。目を閉じた時、まばたきの小さな闇を捕らえるんだ。そうしたら、夢から覚めることができる」


青年の言葉に従った私は、やっと夢から覚めることができた。
まばたきの小さな闇というのがどんなものか、すっかり現実に戻ってきた私はもう覚えていなかったが、たぶんトンネルの出口に見える小さな光、あれを綿帽子のような闇に置き換えたものだったろう。
少し惜しかったのは、もっとあの甘い雨水を味わっておけば良かったということ。それから不思議なことに、夢だったはずなのに私はびしょ濡れのまま赤い傘を握り締めていたことだ。


(了)



(※twitterでの企画、「深夜の真剣文字書き60分一本勝負」に参加した作品です。お題【・最初を「夢を見た。」で始める ・雨の日の放課後 ・カクテル(バー) ・まばたきの小さな闇 】に沿って一時間で書きました。)






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