〈夢を見た〉
彼の声が
テーブルの上の玉子焼きの黄色に落ちる

彼女は真っ白で平面的な景色の中
シンプルな木の椅子に座っている
彼女の両眼から 水が流れ落ちる
それは赤い
血だ
彼女の両眼から流れ出た血は
真っ白な世界に
ひとすじの川をつくる
夕陽に染まった川のように
とまっているようで絶えず流れている

〈彼女はきみだ〉
彼は言った



わたしも夢を見る
崖の上の小屋の近くに三角座りして
隣にいた保険室の先生に
 あなたは父母のために働かない種類の人間だ
と言われる

別の夢では
わたしは何度も飛び降りる
何度も飛び降りるが
いっこうに死ぬ気配はない
わたしは
太宰ごっこをしている



耳鳴りには二種類ある
高い と 低い
高いのは ピー とまっすぐな電子音
低いのは ゴォン…… 鐘の音
どっちも臨終の音だ



午後五時 スーパーに行く
もう死にたいと思いながら
今夜のおかずを考え
もう死にたいと思いながら
ショッピング・カートに座る子供に笑いかける
わたしは人間ごっこをしている



買い物袋を左手に
高架下を通る
頭上を電車がはしる
心臓の音がする



夢の話をきみに言う
心配ないよときみは言う
そういうものだときみは言う
忘れてしまうよと言う
耳をふさぐ
耳鳴りがする
耳をふさぐ
流れる音
わたしの中に
いつかの川が流れている
電車が渡る夕暮れの川
椅子の先からつくられた血の川
耳に流れ込むことばの川 それに
身を任す
おぼれながら流される
ぬかるむ
わたしは歩きはじめる
足をとられながら
たどりつくことのない 山の頂をめざす



チャイムが鳴って
玄関のドアを開けると
雨の日の犬のように立っている
どろだらけのきみ
スーツネクタイ
どろだらけのきみ
おかえり
わたしが言うと
きみは悲しげに くしゃりと笑う


わたしたちはゆく
わたしたちにしか見えない けものみちを







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