木曜の夜は電話の前で待つ。
 彼は金曜でも土曜でもなく、木曜という中途半端な日に電話をかけてくる。きまって午後十時過ぎ。何故か私から電話をかけることはない。それがルールのようになっていた。私たちは一週間に一度、何時間も電話で話し込む。面白い事、くだらないこと、ときに真面目な話。私は木曜の夜には全ての用事をキャンセルして、家の電話機の前で静かに待つ。彼が電話をかけてこない木曜はなかった。
 私と彼は高校のときの同級生だった。今ではこんなふうに気兼ねなく話せる仲になっているが、高校のときは同じクラスにいてもほとんど言葉を交わさなかった。
 初めて話したのは彼に本を借りたときだっただろうか。彼は教室でいつも、何か本を読んでいた。
 その日の本は青い裏表紙だった。
「それ、何ていう本?」
と私は聞いた筈なのに、今ではその題名を覚えていない。借りていいかと聞くと、彼は黙って本を差し出した。読み終わってからでいい、と断ると、「一回読んでるから」と彼は言った。そしてその本を、私は高校を卒業するまで返し忘れていたのだった。
 大学の入学に向けて引越の準備をしているときに、その本を見つけた。あっ、と思って私は初めて彼に電話をかけ、今すぐ返しに行くから、と謝った。すると彼はあの淡白な声で「あげるよ、その本。」と言うのだった。私はその言葉に甘えることにして受話器を切ろうとすると、彼はさりげなく世間話を始めた。クラスの誰がどこの大学に行くとか、最近のニュースの話題とか。その口調は私に自然と相槌を打たせた。彼の声は音楽のようで、新しい街へ行く昂ぶった私の気持ちを落ち着かせた。受話器越しに、彼の温度が伝わってきた。
 それは習慣となって今でも続いている。他人に話すと「遠距離恋愛?」などと冷やかされるが、恋なんて陳腐な言葉で言い表せないくらい特別だった。
 今日も私は暗い部屋の中で彼と話す。彼の背後からノイズが聞こえる。
「どしゃぶりなんだよ」
 遠く離れた街で、私はカーテンを開ける。快晴の空に、三日月が笑っている。


 水曜に来た手紙は、彼の三回忌を告げるものだった。
 彼が亡くなったことを思い出す度、こんな、彼の魂を眠らせないまねをしてはいけないのだという思いにとらわれる。それでも彼から電話がかかってくる間は、それに甘えていようと思ってしまう。彼の死を思い起こすと、彼からもう電話がこなくなる気がする、、それが、恐ろしい。
 私は待った。決して私からは電話をかけない。いつものように木曜の夜、電話がかかってきた。でもいつもとは違う。私が受話器を取っても、彼は挨拶もせず黙っていた。しかし私は彼だとわかるのだった。その気配。私は黙って彼の言葉を待っていた。彼は何か言いたげで、でも何も喋らなかった。私は目を閉じた。彼の息遣いが感じられた。受話器で繋がっているだけなのに、傍で寄り添っているようだった。

 何時間もたって、突然回線は切れた。朝日が射して、電話は眠った。それでも私はずっと待ち続ける。夜を跨いで、空白の木曜を抱えて。







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