彼女の脈は、とても速い。それこそ、ハツカネズミみたいに。

 ――心臓が一生に打つ回数は、決まっているらしい。
 なんて、僕が雑学をひけらかすと、じゃあ私は今すぐにでも死んでしまいそうね、と彼女は笑って言った。

 そんな冗談の次の日、彼女は死んだ。
 老人のように、ぽっくり死んだ。
 彼女は突然びっくりしたような顔をして、そして倒れた。心臓はもう止まっていた。
 そして僕は見たのだ。そのとき、彼女の口からハツカネズミが出てくるのを。

 ハツカネズミはちょうど、僕の握りこぶしと同じ大きさだった。……人間の心臓の大きさだ。
 ハツカネズミはちょろちょろと逃げ出しもせず、じっと僕を見つめていた。警戒するようにではなく、親しみをこめて。その瞳は、なんというか、死んでしまった彼女の瞳に似ていた。
 つまり、僕はこのハツカネズミに恋をしてしまったのだ。

 ハツカネズミの鼓動は人間より速い。僕より早く死んでしまうだろう。また彼女が死んだときのように悲しむのは嫌だなあと思いながら、僕はハツカネズミの胸に耳を押し当てた。
 するとどうだろう、ハツカネズミの心臓は人間のように、ゆっくり脈を打っていた。

 抱きしめればつぶれてしまいそうなハツカネズミと、僕は一緒に住んでいる。
 彼女が人間だったなら、さしずめ「同棲」というところか。僕は彼女を踏みつけないように、家のなかでは慎重に歩く。

 彼女と住んでもう三年になる。人間のように籍を入れることはできないけれど、彼女は僕の妻である。
 彼女は心臓が止まって死ぬどころか、最近ますます若返ったような気がする。いきいきと、その小さな体で家事をこなす。
 子宝にも恵まれた。お子さんは何人?と聞かれて、僕はいつも、千人、と答えるようにしている。相手はそれを冗談と受け取って笑う。僕も笑う。実は何人子供がいるか、僕も把握できていないのだ。







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