「ああ、なんてこと!」
 少女と女たちが叫んだ。巨大なクジラは白く染まり、紺色の夜空に銀河が出来た。
「これでクジラが見やすくなった。あのクジラ、もともとは白かったんだよ。夜空を泳いでるうちに、闇にまみれて黒くなってしまったんだね」
「それはいいけど、夜空にミルクの川ができてしまったわ、どうするのよ」
「ちょうどいいだろう? 月だけじゃなくて、天の川も必要だと思うよ」
 少し気持ちが大きくなっていた少年は、彗星のように飛んでくるクジラに食われてしまうくらい近付いた。そして竿の先に付いた星のかけらを、クジラの口めがけて放り入れた。白いクジラはぱくりとそれをくわえて飛び続け、釣り竿ごと少年を引き回した。たよりなく見えていた棒針と金色の糸は意外なほど丈夫で、少年はクジラのスピードに負けないよう必死に簡素な釣り竿にしがみついた。
 クジラは高く舞い上がり、空の果てまで辿り着くと、急に角度を変えて降下しはじめた。少年は振り払われそうになったが、まだ食らいついていた。
 そして、コルクの栓を抜いたようなすがすがしい音がしたと思うと、月が現われていた。釣り糸にかかったのだろうか、その拍子に、クジラの中から引っこ抜かれたのだ。月は空の果てに固定され、紙のように白々と、まるで夜空に開いた穴のように浮かんでいた。
 月を失ったクジラは、びろうどの夜空を急降下していった。クジラが飲み込み腹の中に溜め込んでいた星たちは吐き出され続け、流星のように真っ直ぐ落ちるクジラの後ろに飛行機雲のような筋を作った。しかし星たちは空にとどまることはなく、すぐに雪のようにぱらぱらと地上に降り注ぐのだった。この世界ではどうも、重いものほど宙に浮き、軽いものほど沈むらしかった。
 クジラは星を吐き出すごとに小さくなっていき、最後に目にも見えないほどのかけらをもどすと、少女の手のひらの中にぽとりと落ちて収まった。いったいこの小さな体で、どうやってあの大きな月を飲み込んだのだろう、と少女はつくづく不思議に思った。
 空の果てから続く星の列を渡って、少年が戻ってきた。月を取り戻せたので少年は得意げな顔をして見せたが、あいにく女たちも少女も、紺のびろうどの天辺に掲げられた月に注目するのに忙しかった。月はコンパスで描いたように美しい円を保っていたが、強い風の一吹きで、紅茶の底に沈めた角砂糖のようにほろほろと崩れ、あとには意地の悪い猫の笑んだ口のようなものしか残らなかった。

(続)





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