少年は目を見開いた。あれはクジラだったのか。呆れ声で女が話を続ける。
「月を食べたせいですっかり大きくなってしまって。最近では、星も縫ったそばから食べ始めるものだから、星が不足して困っているの。縫い付けるのが追い付かないくらい」
 あらためて辺りを見渡してみると、クジラが通った所だけ星がすっかり消えてしまっている。再び巨大な星クジラが近付いてきた。開いた大きな口の中を少年は見た。腹の中で、消化されず残っている月や星たちがまばゆく光っていた。クジラの中に、光溢れる宇宙ができあがっていた。
「クジラから月を取り戻せないかな」
 少年が言うと、女たちは首をすくめた。「あのクジラをつかまえるなんて無理よ」
「クジラを釣り上げるというのはどうかしら」
 少女が提案すると、さらに否定的な空気が広がった。少女はお構いなしに、どこからか取り出した棒針に金色の糸を巻き付けている。
「餌はこれでいいわね」
 そう言いながら少女は星のかけらを糸の先に付け、そのお粗末な道具を少年に向かって突き出した。
「ぼくが釣るの?」
「だってわたし、釣りなんてしたことないもの」
「ぼくだってしたことないよ……」
 少年は文句を垂れながらもしぶしぶ道具を受け取った。そしてこちらへ飛んできた星クジラの眼前に向かい、たよりない棒針を振った。
 しかし狙いは外れた。餌の星はクジラの口を逸れ、クジラは女たちの服をめくり上げながら遠くの闇に紛れた。
「夜空に溶け込んでて、どこにいるのか全然分からないわ」
「でも……クジラを見やすくすることができるかもしれない」
 少年はポケットから染み抜きを取り出した。使い慣れた仕事道具だ。その瓶の中身を、クジラが目の前をよぎるのに合わせてぶちまけた。

(続)




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