※多指症や欠指症の方を揶揄したりするなどという意図はありませんので、あしからず。
僕には指が五本しかない。
五本もあれば十分だ。だって人類の大多数が、両手両足に五本ずつしか指を持っていないじゃないか。
と思う人もいるだろうが、僕は人類の少数側、指が六本ある奴だったのだから、失くした六本目の指を恋しがるのも仕方がないことだろう。
それで、僕が六本目の指を失くした理由。
僕の移動手段はもっぱらバイクだ。自動車は運転できないけれど、バイクは好きだ。自転車だとちょっとぬるい。仕事に行くにも、遊びに行くにも、バイクを使う。
ある日僕はバイクで、高速を海へ向かって駆け抜けていた。気持ちの良い晴れの日だった。あっというまに海へ。見晴らしの良い海岸沿いの駐車場にバイクを停め、僕はしばらく潮風にあたっていた。顔にかかる前髪をかき上げると、ふと違和感があった。僕は手のひらを見つめた。
指が五本しかなかった。
二つある右手の小指のうち外側の一本が、根元からすっぽりと切れていた。
血は出ていなかった。白っぽい断面が見えていた。痛くはなかった。頭が真っ白になって、何も考えられなかった。我に返ると次に、どこで失くした?と考えた。きっとさっきの高速道路だろう、と思った。そういえばうっかり片手を放してしまったかもしれない。
指を失った喪失感とともに、鈍い痛みが襲ってきた。潮風にあたって、神経がぴりぴりした。
それが二年前のこと。
こうして僕は二十六年間親しんだ六本目の指を失くしたのだった。
それは、長い間付き合った彼女に突然振られた気持ちにも似ていた。
まあ、そんな経験はしたことがないんだけれども。
僕の六本目の指、どこに行ったんだろ。
家へ帰ってバッグを開けると、指が入っていた。
ホラー映画の精巧な小道具のようなリアルな小指が、開きかけのポーチの中に無造作に落ちていた。
リアルとは言っても、それは指の形状のことであって、カバンの中に指が入っていたという状況そのものはとても非現実的なので、逆に気持ち悪さは感じられなかった。
私はポーチの中の小さな指を、豆腐のかけらでもつまむようにそっと持ち上げた。硬い感触が、余計にその指をつくりものっぽく思わせたが、やはりどう見ても本物の人間の指だった。手の指。小指だろうけど、長くて細い指。あまりゴツゴツとしていなくて繊細で、白くてきれいな指。
いつ入ったんだろう?私のバッグの中に。と考えてみると、やはりあの高架下にいた時かなと思う。郊外のあの高速道路の高架下の陰。あそこが今私のお気に入り。私はいつも落ちつける場所を探してる。探して歩き回る。そして見つけたあの場所、今のお気に入り。今日もそこから帰ってきたとこ。
まあ、原因なんてどうでもいい。とにかく指が一本、ここにある。
私はそれを私の左手にくっつけてみる。指が五本。六本にはならない。私の左手には元々、指が四本しかないから。
私のぷにぷにとしてちんちくりんな指には、細くてしなやかなこの五本目の指は似合わない。どうせ、いいのだ。私は今まで四本の指で生きてきた。だから今さら五本目の指など必要はないのだ。
でも私はそのきれいな小指を気に入ったので、とっておくことにした。
宝石をしまうようにその指を冷蔵庫にそっと入れ、私はこのきれいな小指の持ち主を想像した。
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