穏やかな日曜の朝のニュース
私はコーヒーとクロワッサンで
朝食を終えた
とあるマンションの最上階での出来事
一組の男女が亡くなった
殺人か 心中なのか
私は見るともなくTVの画面を見つめ
そしていつものように待ち合わせに遅れそうになりながら
部屋を出た


白い部屋。
朝日は遠慮もなく射し込んできた。
彼女は少し汗をかきながら
作業を終えた。
白い体、白い羽根、端正な顔立ち
そこには彼女に似た、等身大の天使の像が立っていた。
彼女は寝ずにそれを創っていた。
そもそも彼女が天使になりたいと思ったのが始まりだった。
彼女は自分の背中に白い羽根が無いのが不服だった。
だから自分に似せて天使の像をつくったのだ。
彼女は山の頂上に辿り着いた人のように、口の端を上げた。
天使は、祝福のように、微笑んだ。

彼女は満足だった。
でもまだ彼女の「作品」は完全ではなかった。
彼女の天使には「鳥かご」が必要だった。
彼女の天使は白くてふわふわして輝いて、
ほうっておくとベランダから空へ飛びたっていきそうだった。
彼女は彼女の分身を独り占めしたくて、

大きなガラスケースを買った。

それはプラチナの輝きで、
彼女の「作品」を閉じ込めておくのには最適だった。
彼女はガラスケースを部屋に運び込み、
天使の横に並べてみた。
天使の背の高さが縦長のガラスケースとぴったりの大きさで、
彼女は満足した。
そして自分の背丈もまた、ガラスケースの高さと同じことに気がついた。
彼女はおもむろに、そのガラスケースの中に入ってみた。
すると、今までに感じたことのない安堵感が、彼女の中に広がった。
彼女は息ができるようにケースの扉を少し開けて、中から外を見た。
いつも見る部屋の中が、違う景色だった。
自分の周囲の世界は、きらきらと光り輝いていた。
そこには、昔、暗い押入れの中で味わった孤独などはなかった。
彼女は直に射し込んでくる夕陽を受けながら、
ガラスケースの中で、ひざをかかえてしばらくじっとしていた。

ガラスケースの中の幻想は、彼女にとっては革命的だった。
彼女はことあるごとにガラスケースの中で過ごした――扉を少し開けて。
彼女の天使はというと、
それはまさに“育って”いた。
日に日にその端整な顔に生気が宿り、
羽根はますます柔らかく広がり、
肌は若者のそれのように、白銀に照り輝いていた。

ある日、彼がやって来た。
彼は彼女の部屋に入り、天使の像をみとめると、少ししかめ面をした。
彼女は自分の「作品」を自慢した。
彼は彼女の天使に触れて、ぎょっとした。
「それ」はまさしく「本物」だった。
しっとりした肌、今にも飛びたちそうな羽根、ビー玉のような眼、
「それ」は、息さえしているようだった。
彼女は不意に、出かけてくると言い、彼は一人、部屋に残された。
さてどうしたものか。
彼はこの天使とこの密閉された空間に居るのが嫌だった。
背中に突き刺さる視線は、どこか敵意のようなものさえ感じられる。
彼は意を決して、天使を真正面から見つめてみた。
確かに彼女に似ている。
だが眼前の「それ」は、明らかに「彼女」ではなく、
   目をそらすと不敵に嘲〈わら〉いそうだ。
彼はふと、天使の横にそびえ立つ大きなガラスケースに目を留めた。
これは、「こいつ」を入れるためのものだろう。
でも何故入っていないんだ?
彼は、彼女はこの天使が重くて持ち上げられず、
   まだこの天使が外に出たままなのだと結論づけた。

彼は、知らなかった。
それは、“彼女を入れるための”「かご」だということを。

彼は親切にも、天使をガラスケースに入れてあげようとした。
彼はその重い像を持ち上げ、
半開きになったガラスケースの扉を開けた。

それは一瞬だった。

彼は天使の足につまづき、

ガラスケースへ倒れ込んだ。

天使は垂直に立って、既に事切れている彼を見下ろした。
天使は彼が気に食わなかった。
というのも、天使は彼女が好きだったのだ。
だから彼の足をひっかけて、
殺してやった。
簡単だった。
羽根を持たない鈍った人間の体はいともたやすくバランスを崩し
ガラスケースのカドに頭をぶつけて
あっけなく縡〈こと〉切れた。

天使は満足だった。
天使は、口の端でにやりと笑った。

彼女はこの部屋で何が起こったのか、どうも掴〈つか〉めなかった。
何故彼が倒れているんだろう...。
彼女はそこに10分ほど立ちつくしていた。
それから彼の顔をのぞき込んだ。
血で濡れて、固まった血が黒くこびりついている彼の顔は、
怒っているのか笑っているのかよくわからなかった。
濁った瞳〈め〉はもはや、彼女を見ていなかった。
しかし彼女は彼のものではない視線を感じた。
見上げると、
天使が彼女を慈悲深く見下ろしていた。
その躰〈からだ〉はもはや白銀ではなかった。
天使の半身は、紅い血に染まっていた。
彼女は、その違和感を感じさせる天使を、
(彼がしたように)真正面から見据えた。
天使は、その顔に微笑みすら浮かべて、彼女を見下ろした。
見下ろす?
自分と同じ背丈でつくったのに?
彼女はにわかに恐ろしくなった。
そして天使の瞳の中に、彼女は見た。

彼女は夢中で天使の首をもごうとしていた。
その瞳〈め〉を永遠に葬るため...。
彼女が渾身の力を込めると、
天使の首はとうとうその躰に別れを告げ、
きれいな白い床にごろんと無造作に落ちた。
するとたちまち天使の躰は腐り、
羽根は一斉に弾〈はじ〉けて部屋中に舞い、
一種の饗宴のあと、
天使のすべての躰〈パーツ〉は
大気中へ昇華していった。

失われた部屋で、
突然の悲しみが彼女を襲い、
彼女は彼の血がついたガラスケースの中に入り、
世界を彼女から隔離した。
その扉は隙間なく閉ざされたまま...。

朝日が昇っても、
永遠に終わらない夜が彼女を包んだ。








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