「おォい、きィをつけろよな!」
 前の方から酔っ払いの声がする。私はうつむいていた顔を上げた。でも人混みで何も見えない。すると、足にこつんと何かが当たった。
「あ、すいません」
 目の前で長身の男が謝り、そのまま去っていった。ラジコンカーのリモコンをいじくっている。ということは、今私の足に当たったのは男のラジコンカーか。さっきの酔っ払いの罵声の原因も、こいつだろう。
 男の顔は見たことがある。いつも行く駅の改札員だ。切符を確認してもらう一瞬に、名札を盗み見ると、「鯨川」とあった。川の鯨だって、変なの、と思った覚えがある。
 私は鯨川さんの後をついていった。ラジコンカーを追う男を更に追う女。雑踏を逆走する奇妙なレースだ。
 人波からはずれて、私たちは人気のない公園へたどりついた。鯨川さんはそこで、やっと私がつけてきていることに気付いた。
「名前、何ていうんですか」
 私はペットのように従順なラジコンカーを見ながら言った。
「あ、鯨川です」
「あなたの名前は知ってるんです。そうじゃなくて、車の名前」
「いるか号です」
「すてき」
 鯨川さんがリモコンをひょいといじると、いるか号は嬉しそうに鯨川さんの周りを回った。
 突然、私の後ろでドンと大きな音がした。振り返ると、今年初めての花火が見えた。
「みんな、花火を見に向かってたんですね」
 鯨川さんが今更、人々の流れの目的に気付いた。
「ここでもよく見えるのにね」
 私と鯨川さんといるか号は、暗い公園で花火を見続けた。







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