ベアはこくんと頷いた。王子が自分にかけた呪いは、ぬいぐるみになる呪いだったようだ。
フィオレは小さな体を振り向かせると、ベアと向かい合って座った。俯いていて、表情は良くわからない。
怒られるかもしれない
そう感じたベアはおずおずと、フィオレの顔を覗いてみた。
「!」
ぽたり、ぽたり
しかし、フィオレの黒真珠の瞳からあふれていたのは透明な滴だった。さっき、ベアの目からこぼれたものと同じ、涙だった。
ベアはなんとなく、フィオレはこの涙を自分の為に流してくれてるのだと分かった。こんなにわがままで、自分勝手で、いじわるなぼくのために、泣いてくれた。
フィオレはあの女の子のように、心の優しい子だった。
しゃくりをあげながらフィオレはポケットから厨房でもらった紙袋を取り出して、中をあさった。
そして、カラフルな包装紙の飴玉を取り出し、ベアの手に乗せる。
「ぃっく、ぇ」
絵本のページをパラパラとさらに戻し、フィオレはあるページでようやく手を止めた。女の子が泣いている場面だ。
ベアは胸がツキンと痛むのを感じた。
「、きゃ…ンでぃ」
小さな指が女の子をトンと指さした。
――キャンディーをこの子にあげて。
ベアは、首を振った。
フィオレはそんなベアをペン!と叩いて、キャンディーを握らせたフカフカの手に自分の両手を添えた。
「ベア、ベーア!」
さっきまでの涙の跡を拭って、フィオレは笑った。
ベアの心の中でぽうっと暖かいものが光る。
たぶんこれは、フィオレのかけた魔法なのだ。そう考えると、ベアの中の勇気がむくむく膨れ上がってくるようだった。
すると絵本がひとりでに震えだし、吹いてもいない風であっと言う間にページがめくられていった。何も描かれていない、白紙のページだ。
「ベア!」
ベアは足元からだんだん消えていく自分の姿を見て、フィオレとのお別れを悟った。
フィオレは最後に、ベアの首にぎゅっと抱き着いた。
「…ベア」
ベアの手がフィオレの背中を優しく叩く。
小さくて
でも暖かい。
ベアが完全に消えてしまう刹那に、フィオレは初めて、ベアの声を聞いた。
初めて聞くのにどこか懐かしい声だ。
「フィオレ、 」
フィオレはにっこり微笑んだ。するとなぜだかとても眠くなったから、フィオレは床にこてんと転がって少し眠ることに決めた。
夢の中では、
ベアじゃない、金髪の王子様が、笑ってこちらに手を振っていた。
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