次に二人が向かったのは図書館だ。中に入ると、ベアの頭の上からフィオレがよじよじと降りてきた。マダム・ピンスは丁度席を立っているようで、その姿は見られなかった。
自分の身長の何倍もある本棚と、そこに詰められている何百もの本に目を奪われていたフィオレ。好奇心旺盛な少女は本棚の間を駆け回って遊んだ。誰もいない図書館にフィオレの笑い声が響く。
一方ベアは、心なしか寂しげに、そんなフィオレを見つめていた。
大きな木のテーブルに腰かけるとギシッと板の軋む音がした。そこでベアは自分の継ぎはぎだらけの両手を合わせてみたり、綿の出かけた足をテーブルの下でブラブラ揺らしてみたりした。
「べぇあ?」
顔を上げると、大きな大きな絵本を抱えたフィオレが傍に立っていた。
どうしたの?と言いたげに、黒い宝石のような瞳をこちらに向ける。
ベアはフィオレが手にしている茶色い革の絵本に目をやった。ベアが知らないはずのない絵本だ。
フィオレに向かって手を伸ばすと、フィオレはおとなしく本をベアに差し出した。
茶色い革の背表紙には金色の文字で「Where do you go to?」と綴られている。
「、べあ!」
「?」
フィオレは小さな手を両方伸ばしてベアを呼んだ。
ベアは頷いて、脇に本を置くとフィオレの手を掴んで持ち上げようとした。
「め!」
「…?」
「め!ベ、ア。め!」
フィオレは怒った表情でその手を叩く。首をかしげるベア。
フィオレはもう一度両腕を開いてみせた。
「べ、あ」
フィオレはベアに飛び込んできてほしかったようだ。
しかし現実的な問題で、フィオレの胸にベアが飛び込むと、小さなフィオレはすぐにぺしゃんこにつぶれてしまう。ベアは少し考えて、まずは自分が床に降りることにした。
絵本を手に床に足をつけたベアをフィオレは抱きしめて、ベアの真っ黒鼻にキスをした。
驚いて固まったベアは、思わず本を取り落してしまう。
ベアが悲しそうな顔をしている。フィオレは悲しい時に、何をしてあげればいいか知ってたのだ。
ナマエは微笑んでフィオレを抱きしめたし
ドラコもそうしてから、フィオレの頬やおでこにキスをしてくれた。フィオレはそうされると、心の中がふんわりあたたかくなるのだ。
だからベアも、そうすれば元気になると思った。
「ベ、ァ?」
ぽた、ぽた。フィオレの頭のてっぺんに冷たいものがふってきた。
「…ベア?」
ポタポタと落ちてくるものはベアの涙だった。
取れかけていない方の小さな目のボタンから落ちてきた。
「ベ、ア」
どうして泣いてるの?ベア、どこかいたいの?
かたっぽの、とれそうな目がいたいなら、ママにたのめば、きっとなおしてくれるわ…!
ままは、おさいほうが、とってもじょうずなの
だから、ねえ、いきましょう?
フィオレはベアの手を引いた。しかしベアは首を振って、フィオレの頭を優しくなでる。
落してしまった絵本を拾って、自分は床に座ると、トントン膝の上をたたく。
――いっしょに読もうよ
フィオレは迷ったように黙っていたが、しばらくして小さく微笑むとベアの膝に腰を下ろした。見た目よりずっとふわふわの毛並のおかげで、座り心地は満点だ。
ベアは革の表紙に触れて、初めのページを開いた。
『Where do you go to?』
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