肖像画の中からこちらを興味深そうに見つめるたくさんの顔ひとつひとつに笑顔を向けながら、フィオレは2階の廊下を少しずつ進んでいた。
ふたりの若い両親が、自分のことを必死になって探しているなど露知らず。
少女にとって目に映るもの全てが新鮮で面白いもののように思えたのだ。


次はあっち
今度はこっち


気の赴くまま足の向くまま、好きなように進んでいるフィオレにドラコ達が追い付くはずもない。
そんなフィオレの目の前を、突然大きな影が覆った。


「…あー?」

フィオレが見上げると、そこにいたのはぬいぐるみのクマだった。ただ、とても大きい。人間とほぼ同じ大きさに加え、そのクマには迫力があった。
目の、黒い小さなボタンは片方取れかけて、辛うじて糸でぶら下がっている。地の茶色い生地の他に、顔と片耳、それから片足の先はツギハギだった。しかしフィオレは怖がるどころか、目をキラキラさせた。


「、べあ!」

飛び跳ねて喜んで、クマの足もとに寄るフィオレ。クマはそれをじっと見つめた後、つぎはぎの片足でフィオレを軽く蹴った。
コテン
そのまま後ろに倒れたフィオレは、目をつむって動かない。声も上げない。


クマは、ほんの少し心配になった。
フィオレに一歩近づいて、上から顔を見つめる。


動かない

動かない


――パチ


フィオレの目が開き、いたずらっぽい輝きを見せた。クマはほっとしたのか、肩を下げてみせた。


「ベ、あ…!べあ」

身体をのったりのったり起こしながらフィオレは口ずさむ。そして、ようやく上体を起こし、床に座ったままの態勢で、フィオレはクマを指差した。

「ベア!」

クマは了解したと言うように大きく頷いた。フィオレは嬉しそうに、キャッキャとはしゃぐ。
そんなフィオレに両腕を伸ばしたクマ…ベアは、フィオレを大事に抱えて、自分の頭の上にのせた。フィオレから歓声があがる。

「ベーア、ベア!…あー!」

フィオレは前方の廊下を指差す。
もう一度ゆっくり頷いたベアは、フィオレの指差した方向に向かってドス、ドスンと歩きだしたのであった。

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