男子厨房に入るべからず
ドラコが朝起きると見慣れぬ文字が綴られた羊皮紙が、キッチンの扉に貼り付けられていた。数秒間その紙を見つめていたドラコは一度寝室に戻り、部屋の中にナマエやフィオレがいない事を確認した。
つまり状況的に、彼女たちはキッチンに閉じこもっているわけで……。
「あー……ナマエ?喉が渇いたんだけど」
少ししてから扉越しに「テーブルの上に乗ってるのでどうぞ」と返事が返ってきた。やむなしにリビングへ足を運ぶと、テーブル上には水の入ったボトルとコップ。それから焼きたてのトーストが二枚とソーセージとサラダの盛ってある皿が置いてあった。
「朝飯も一人で食えって事なのか…?」
果たして自分は彼女に何かしてしまっただろうか。考えを巡らせてみるも、思い当たる節は何もない。せっかくの日曜に一人で朝飯とは何とも言えぬ寂しさがある。もちろん校内に入れば広間でその他の生徒達と食べられることはできたが、ナマエ手作りの朝食を目の前にしたドラコにその考えは浮かばなかった。
仕方なしに、ひとりトーストをかじる。
シンとした部屋はどうも落ちつかない。
ドラコは椅子を引いて立ち上がり、リビングの扉の前まで来ると腰をかがめ、扉に耳を当ててみた。
小さな物音は聞こえるものの、何をしているのかはさっぱりだ。
元より気の長い方ではないドラコはむっと眉をしかめて、扉をコンコンとノックした。
「ナマエ、僕をここに入れろ」
しかし彼女は変わらぬ姿勢だ。
「だめです」
「何か怒ってるのか?」
「怒ってないです。けど…」
「じゃあ入れろ」
「とにかく、だめです!」
何なんだ、いったい!頭を抱えたドラコは「もう勝手にしてくれ!」と言って部屋を出た。
しかしバタンと玄関のドアをしめてから数歩歩いたところで足を止める。くるりと体の向きを変えドアの前に立ち、きちんと鍵をかけた。
自分の不在の間に何かあったらその時死にたくなるからだ。
「まったく…何だって言うんだ」
ドラコが学校に向かって足を進めていると、遠くのベンチにハリーとロンが腰かけているのが見えた。良い憂さ晴らしを見つけた!とドラコの表情はニヤリと歪む。
近頃の僕は、なんというか、「僕らしく」なかった。
「これはこれはポッター、ウィーズリー、随分暇そうじゃないか。スネイプ教授の出した宿題にはまだ手をつけていないのだろうね?」
露骨に嫌そうな顔をしてみせたハリー達は、すぐにある事に気がつく。
「マルフォイ、ナマエはどこだ?」
「……」
不本意にも言葉に詰まってしまったドラコ。まだ心中に溜まる厭味の一割も言い切れぬうちにこの話題に持っていかれるとは、流石に思っていなかったからだ。
「まさか何かしたんじゃないだろうな!」
ロンが噛みつくように言った。
「僕があいつに何かするわけないだろう!」
ドラコもまた負けじと言い返す。
「お節介なウィーズリーめ!あいつはキッチンに閉じこもって出てこないんだ」
「卑劣なマルフォイめ!何でナマエはキッチンなんかに閉じこもってるんだよ」
「口のきき方に気をつけろよ。僕の知ったことか!」
「そんならこっちだって知るか!痴話喧嘩でもしたんじゃないのか?」
「お前とグレンジャーと一緒にするな。僕はナマエと喧嘩なんてしていない」
「僕らは友達だ!だったら僕らに奴当たりするのは止せ!」
「お前達がそんなところでダラダラしてるのが悪いんだろう!」
「日曜に僕が何しようと勝手だ」
「僕もだ!これ以上お前らに付き合ってる時間は無い」
「ああ!勝手に失せろ白イタチ!」
「お前にそう言われなくてももう行く所だ、貧乏ウィーズリー!」
カッカして立ち去って行くドラコ。同じように肩を上下させて憤っているロンは悪態を吐いた。
「あいつめ!横にナマエが居ないとすぐアレだ!」
「………君らの会話の後半部分だけ聞くとつまり…」
ハリーは顎に手を当てて、斜め上を向いた。
「キッチンに閉じこもったナマエが中々出てきてくれなくて、イライラしたマルフォイは僕らに奴当たりをしに来たってこと?」
顔を見合わせた二人は校舎の中に入って行くドラコの背中を目で追ってから、急いで走って企画授業専門校舎の方へと向かっていったのだった。
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