それから数日経ち、ドラコもナマエも共同生活にすっかり慣れてきた。そんなある日の話だった。

パリィィン


隣の部屋から聞こえた音にドラコはさっと立ちあがり、脇でゴロゴロうずくまっていたフィオレを抱えてそちら覗いた。するとそこには寝室で呆然と立ち尽くすナマエの姿が。


「おい。どうかしたのか」
「……ど、どうしよう」
「?」

「眼鏡、割れちゃいました…!」


つつ、ドラコの背中にも冷や汗が伝う。不味い事になった。そんなドラコの心情を察すること無くフィオレはもぞもぞとドラコの肩に這い上り、彼の自慢のシルバーブロンズをむしゃむしゃ口に含み始める。

「お、た…食べるなフィオレ」
「うあー」

ドラコは尚もよじ登ろうとするフィオレを腕に抱えなおし、立ち尽くしている彼女に近寄った。


「僕が見えるか…?」
「シルエットなら…ぼんやり」
「クソ」


ナマエの視力の悪さなら、出会ったその日に体験済みだった。そして何より、ドラコが焦っているのはその目の悪さ以上に、あの厚底赤縁眼鏡が隠してくれていたナマエの素顔が人に晒されることだ。
その魅力を他人に晒すなんて考えただけでも嫌で仕方なかった。


「……今日は、合同授業が殆どだし、フィオレは僕に任せておけ」
「お願いします」

申し訳なさそうに眉を下げながら小さく笑むナマエ。
ドラコはぐしゃぐしゃと自分の頭をかいた。


「頼むから、僕以外の前でそんな顔はしてくれるなよ」
「そんなかお…?」
「むしろ出来るだけ無表情でいてくれ!」

ドラコは言いながらやはり彼女には無理な相談だろうなと察しはついていた。

「とにかく今日一日は何とかやり抜いて見せます!」
「おい、そこは段差が」
「(ゴンッ)痛っ…だいじょぶ、ですから」
「どこが大丈夫なんだ!全く」


ナマエに腕を掴ませながら、ドラコはぐるりと目を回した。本心は授業を全て休ませて部屋に閉じ込めておきたい。のだが、そうも言っていられない。合同授業の際は僕が気を配ってさえいればいい、問題は、一時間だけある別々の薬草学の授業だった。


「ドラコ」
「…何だ」
「怒ってますよね、ごめんなさい」

すっかりしょぼくれてしまっているナマエ。ドラコはそれを見て少し考え、意地悪そうな笑みを浮かべた。

「ああ、怒ってるさ。カンカンにな」
「わ…ほんと迷惑かけちゃって、その」
「心外だ」
「え?」
「―――僕のことが見えないなんてな」

フィオレをソファに下ろして、ナマエの頬を両手で包む。

ナマエは次第に顔が火照っていくのを感じながら目をさ迷わせ、ドラコのほうを見て、小さく。呟くようにドラコの名前を呼んだ。
呼ばれた彼は満足そうに笑みを深める。


「それがい。ナマエ、ずっと…―――僕だけ、痛!!」


そっと彼女に顔を寄せたドラコの爪先に、フィオレがかぷりと噛みついた。思わず仰け反るドラコを見て、フィオレはキャッキャと笑う。


「わ、ドラ、あ…あた、わたし準備、してきまます…ね!」
「おい、ちょっと」


顔を真っ赤に染めて部屋に引っ込んでしまったナマエを唖然と見送って、数秒。ドラコは畜生!と歯ぎしりした。あと一歩!あと一歩だったのに!

「お前のせいだ、フィオレ!」
「きゅあー?」

素知らぬ態度でまた座り込んだドラコの髪の毛をいじり始めるフィオレに、ドラコも深いため息をついて毒気を抜かれてしまったのだった。

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