彼、リドル、は一瞬驚いたように目を見開いたが、数秒後には困ったように首をかしげて見せた。
「参ったな…僕、何か嫌われるようなことしちゃったかな」
「そ、そんなことは決して」
「…なら どうして?」
おかしいな、こんなに困り切った表情で縋るように尋ねられているっていうのに、私の中の彼への恐怖は一向に拭えない。どころか、肌がピリピリするような殺気にも似た何かは増す一方だ。
「あの、何という、か…勘違いなら、救われるんですが」
「ん?」
「リ…リドル君、いやリドルさん…様!」
「トムでいいよ。」
「(無理!)
…何か怒ってます、 か?」
相も変らぬ微笑みをたたえたリドル、だったが、彼は不意にローブの懐から杖らしき棒を取り出した。ビックリ仰天した私が腰を浮かせる前にそれを一振り。
コンパートメントのロールスクリーンがひとりでに全て降りて、たちまち外界から遮断された空間が出来上がる。
トン
「僕が怒ってるように見えるかい…?」
シートの後ろにリドルの手がつき、もう片方の手はするりと私の顎をすくった。人形のように整った、端正な顔が直ぐ前で尋ねる。私はできる限り彼との距離を遠ざけようと首を引くものの成果は期待できなかった。
これはちょっとまずい。
もしかしなくても、彼の逆鱗に触れたご様子だ。
「見、えるか…見えないかと、聞かれましたら」
「うん」
「見えます。…とっても」
正直に答えたのは間違いだったか。彼の表情から今までの優しげなものがふっと抜け落ちたのが分かった。
「僕は答えの出ない不確かなものが嫌いなんだ」
「そ…そうですか」
「君も、ね。」
「了解しました!立ち去りますんで、とりあえず、退い」
「ダメだよ」
「!」
なぜだ!私は一刻も早くこのコンパートメントを飛び出して新鮮な空気を吸い込んで生きてることを実感したいのに!
「言っただろ。僕は不確かなものが嫌いで、君は存在が不確かだ」
「…つまり?」
「解明するまで、逃がさない」
幻覚だろうか。口端だけを上げて笑うリドルの背後で、獲物を前にチロリと舌なめずりをする大蛇の姿が見えた気がした。
(や、やっぱさっきの似非紳士的なリドルの方が話やす…)
(もう遅いよ)
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