この世は不思議に満ちていると聞くけれど。

今の私の状態をよく聞く言葉で表すなら、それは間違いなく「目を疑う」である。その言葉の真意は「自分の目に映っている現象が信じられない・私頭大丈夫かな?」といったところだろうから、この表現に間違いはない。とにかく、アンビリーバボー!


「ひ、人が…消えた」

正確には壁の中に吸い込まれていったという方が正しい。え、何これ何それ現実!?というか何で私以外の人ビックリしてないの?もしかしてこれ私が作り出した幻覚?そんなバナナ!
そうこう言っている間にまた一人。大きな荷物を積んだカートを押して壁の中に消えて行った。もう怖い!私の脳内大変なことになってるんじゃないかな。とりあえず親友のジェレミーに良いお医者さんを紹介してもらおう。


その時、頭を抱えた私のすぐ脇を一人の青年が通り過ぎた。

ビックリするくらい綺麗な子だったから思わずじっと見つめてしまう。
陶器のような白い肌に柔らかそうな黒髪。物腰豊かな動作で、彼もまた壁の中に向かって歩いて行く。……あーあーあー私オワタ。両手でバンザイする気にはとてもなれないけど。
幻覚に加えてイケメンまで見えるなんて知らない間に薬物とかに手だしてたらどうしようこれ。


「…ぅおっつ」

乙女らしからぬ変な声が出てしまうのはその美青年と一瞬目があった、ような、気がしたから。

そしてそれが酷く、冷たく歪んだ赤い色をしていた気がしたからだ。


彼もまた次の瞬間には壁の中に消えてしまったわけだから、それを確かめる術はないのだけど。




「……帰ろう」

疲れてるんだ、そうに違いない。

踵を返した私の肩をぽんぽんと誰かが叩いた。
振り返った先に居たのは鳶色のひげを生やした、優しげなブルーの瞳のおじいさんである。

「やあ、ナマエ。ようやく会えたの」

何だろう、この、心ときめく感じ。まさか恋?……という冗談はさておき。


「ようやく会えたっておじいさん、それどういうことですか?その前に、あれ、私あなたと知り合いでしたっけ?」
「まあそう焦らんで。事情は後でゆっくり説明しようて」
「はあ…。それで、あのどこへ」
「ホグワーツじゃ」


おじいさんは優しく私の手を引き、例の壁に向かって歩き始めた。私は唖然として首を横に振る。む、むりむり無理です!幻覚世界の彼らがふわっといけたとしても、それを私が現実世界で実行したらビタン!てなってお終いですから!道行く人々に変質者として脳内インプットされるだろうし

「最悪鼻血が出ます」
「そんな事にはならんよ、ほれ、わしを信じて」
「、っ」


一寸先は壁。私はぎゅっと目を閉じて、来るべき痛みに備えた。








「……どうなってんの」

目の前に広がる光景に、ひたすら驚く。赤い列車。見上げた標識には「9と3/4番線」と記されている。どうなってんの。あ、コレ二回目だ。


「のう、ナマエ」
「あ、はい」
「君は魔法を信じるかね?」

――魔法。それってつまり、チチンプイプイってやつでしょうか。
おじいさんはにこやかに私の返答を待っている。


「そりゃあ…世界は広いですし」
「ほうほう」
「もしかしたらあるのかも しれないです」
「ならば、君にここはどう見えるかね」

二度目の質問。私はもう一度自分の周りに視線を巡らせた。
人で賑わうホーム。離れ難そうに両親を抱きしめている子達もいれば、目を輝かせて電車に乗り込む子もいる。別段、変わった所はないように思う。
それをそのまま伝えれば「正解じゃ」と頭を撫でられた。



「この世界は今まで君が住んどった世界とあまり変わらん。ただ一つ、みな、魔法を使えることを除けばじゃが」
「…ま、ほう」
「そうじゃ。例えば、こんなふうに」


おじいさんが懐から出した杖を一振りするとトランクが一つと紙袋が一つ、どこからともなく現れた。口をあんぐり開けて呆然とする私を見ておじいさんは笑う。


「これはホグワーツでの君の持ち物じゃ。わしが揃えておいた」
「な、え…?」
「フクロウは週末にでもダイアゴンに行って見てくるといい。その時はまた、わしが同伴することにしようて」
「…タンマ」


話が読めない!つまり、このおじいさんは魔法使いで。今私がいる壁の向こうの世界は魔法使いの国で。フクロウは週末で…!って週末明日じゃん。


「質問しても、いいでしょうか…?」
「ああもちろん何なりと!…と言いたいところじゃが、今は時間がない」
「えええ」
「もうすぐ汽車が出発する時間じゃ」
「あ、の!私もしかしてこれに乗るんですか!?だめですよ、私パパやママに何も」
「そこは安心してかまわんよ。きみのご両親にはもう話してある」


汽車の汽笛が鼓膜を揺らした。もうすぐ出発する時間なのだろう。


「おじいさん、な、名前は…!」
「おお、そうじゃった。わしはアルバス・ダンブルドア。ホグワーツで教師をやっとる者じゃ…―――さあ、行きなさいナマエ」

おじいさん…ダンブルドアさんに背中を押されて汽車に乗り込む。


「ああ、言い忘れておったが」

当たりの騒音に掻き消されないようにダンブルドアさんの声に耳を傾ける。


「君は魔女じゃ。極めて、優秀な な」
「それって」


ガタンと電車が動き出して一瞬視線がそれた。私が次に視線を戻した時、そこにダンブルドアさんの姿はなくて、やっぱり卒倒しそうになるくらい驚いた。
大きなトランクと紙袋を手にした私は、横に流れていく景色をぼうっと見つめる。


…なんか

(とんでもない事になってない…?これ)
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