目を覚まし、顔を洗って身支度を整える。

今日はナマエを連れてホグズミードへ買い物へ行く日だ。不本意だが、休日とて気を抜いて隙を見せる気はない。

リドルはいつも通りきっちりと髪型を整え、ダークグリーンのシャツに紺のコートを合せて談話室へ降りた。女子生徒達の思わしげな視線に晒されながら、リドルはナマエが降りてくるのをソファに座って待つ。

「あらトム、おはよう。今日も素敵ね」
「ありがとう、エレナ」
「今日これからこの子達とお茶をするんだけど、あなたもどう?」

リドルは、一つ年上の、比較的ハイレベルな少女達に目をやって内心で大きな舌打ちをした。

(君たちの心底つまらないお家自慢を僕がいつまでも聞いててやるとは思わないでほしいね)

ただ、彼女達の家柄が今後の己の活動に妨げになるかといえばそういうわけでもない。役に立つものを捨てるのは彼の理念に反していた。
そこでリドルが引き合いに出したのがナマエだった。

「残念だな。.....今日はこれから編入生の買い物に付き合わなきゃいけないんだ」

目を伏せて残念そうにすれば女達の顔は簡単に怒りに染まった。
これはいつまで経っても降りてこないナマエへの制裁のつもりである。

「ねえトム、あの噂本当なの?」
「噂?」
「あの子と貴方が付き合ってるって噂よ」

ああ、と何気なくリドルは微笑んだ。

「僕達は友人だよ」
「けど、昨晩あなた達が抱き合っているのを見た子がいるって」
「彼女が、慣れない場所に来て不安そうだったからね。友人同士のハグにこれ以上の理由がいるかい?」
「そうなの...。けど、貴方がわざわざ休日を返上してあの子に付き合ってあげるのは変よ」

それはたしかに変なので、リドルも肩をすくめるにとどめた。

「いいわ、トム。私たちに任せてちょうだい」

それは自分に待ちぼうけを食らわせている彼女へのささやかな制裁のつもりであった。
彼女が困りきっているところで助けに入れば、リドルを相手に奔放そのものなナマエも少しは従順になるだろうという野心からの行動でもある。

それが、あのザマだ。

「リ、リドル」

談話室を出てからもすたすた歩き続けるリドルの後を、情けない声を出すナマエが付いてくる。

「あの.....寝坊したのは本当にごめんね。私夜更かしってなれてなくて.....その、言い訳するつもりじゃないんだけど、私本当に今日楽しみで!.....リドル〜」


ナマエはどうやらリドルが怒っていると思っているらしかった。
確かに彼は怒っていたが、それは寝坊したことについてではなく、彼女があまりに自分の想像通りに動かないことに対する苛立ちだった。

(しかも、あれは最も僕の好まないやり方だ)


嘘偽りない賛辞で相手の心を溶かし、内側に滑り込む。僕もよく使う手だが、おそらく彼女の裏側に悪意はない。(下心はありそうだったが。)そういう、純粋な態度で人の心を溶かすようなーー殊更、レッドとゴールドのネクタイをする彼らが持つような愛嬌をナマエは持っている。それがどうにも気に食わなかった。


「.....ナマエ?」

リドルが背後から彼女の声が聞こえないことに気が付いたのは、人の行き来が激しい廊下に至ってのことだった。

(まずい.....どこかに置いてきたか)

僅かな焦りが起こり、辺りを見渡したリドルは、遠くに彼女のつむじを見つけた。
人混みに押し流されて、何とか逃れた甲冑と甲冑の間に一時居場所を落ち着けたようだ。落ち込んで俯く小さなつむじを見ているうちに、リドルの中の怒りは少しずつ氷のように溶けていった。

(.........まったく、仕方ないな)



「君はすぐに僕に世話をかけたがるね」
「!リドル...」
「君.....」

ナマエが目を持ち上げた。目の淵が赤くなっているのを見て、リドルの中のささやかな罪悪感が首をもたげる。

「.....リドル」

ナマエは甲冑の隙間から手を伸ばし、リドルのローブの袖に潜り込ませた。しっかりと手を握られる。

「もう寝坊しないから.....き、嫌いとか言わないで」
「.....そんなこと言ってないだろ」

仕方ないから学校を出るまではこの手を離さずにおいてやるか、とリドルはナマエの手を引いて再び歩き出したのだった。
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