今日病棟に運び込まれてきた患者は海賊だった。彼の容体はもう医学ではどうにもならないほど悪く、後は死を待つばかり。
――だけどそんな彼の表情は驚くほど穏やかで、眠っているようだった。

わたしが先生について彼の病室へ赴けば、そこには白いつなぎを着た何人もの人がいて「ああ、この人の仲間か」と直感的にそう感じた。その中でも一番彼に近い場所に立っていたのは、私とそう年も変わらない女性だった。


「外してください」

「わたしたちには、こんなところで滞ってる時間はありません」



真っ直ぐ凛とした表情で彼女はそう言った。私は思わず、先生の横から口をはさむ。

「でも、このひとはあなた達の船長なんじゃ…」
「いいえ。今日から船長は私なので」

にっこりとした笑みまで浮かべられて何故か私は押し黙ってしまった。
彼女はもう一度彼に向き直った。表情は、見えない。
ゆっくりと屈んで、その唇に口ずける。それから名残惜しげに彼の腕の刺青に指を這わせて、ひとつ、言葉を発して病室を出ていった。


病室の虚空に溶け込んだ言葉をの意味をぼうっと考えていると、いつの間にか船員全員が帰ってしまっている事に気が付いた。取り残されたような彼を見て、私の中に沸き起こったのは他の何でもない静かな怒りだ。



――海賊は無情だ
自分たちの欲望のために幾多の命を薙ぎ払えるのと同じように。大切なひとでも、死んでしまえば、心残りなどまるで無いかのように捨て去る。




「何やら少し、騒がしいですね」
「…見てきます」

廊下を早足で歩きながら私は尚もあの海賊たちに。…あの、少女に怒りを募らせていた。この騒ぎは海賊たちのものだろう。

病院の外へ出ると、直ぐ傍が浜辺な為に海賊たちの姿が見えた。
遠目で見てもわかるほど騒がしく、彼らは船の脇に並べられたテーブルに腰かけながら酒を飲んでいた。

「信じられない!」

私は何か一言言わずにはいられなくなって、早足でその船に向かって歩いた。海賊に物申すなんて危険かもしれないけどそれでも怒りが勝った。


「あなた達!!一体、人の命を何だと思って…―――!」




す、と体中の血液が冷たくなったような感覚に陥った。今まで思考を浸していた怒りも鈍い余韻を残して退いてゆく。


「騒げェ、野郎共!今日は船長がロジャーと同じ病で死んだ日だ」
「しんみりしてたら怒られちまうぜ!」
「それ乾杯だァ!!」
「飲んで歌って、キャプテンを送ろうじゃねェかァ!」


ビンクスの酒を届けに行くよ、音程の外れたメロディと歌声が虚空に響き、私の鼓膜をも震わせた。
(ああ、なんて)
いま目の前にいる、この海賊たちは笑いながら酒を仰ぎ、笑いながら踊り、笑いながら歌って笑いながら


わらいながら、ないているのだ。



歌声とメロディの狭間に隠されたように聞こえた嗚咽はきっと空耳じゃない。抱き締め合って踊る彼らの震えは見間違いじゃない。

どうしてさっきあの少女に笑いかけられた時に言葉が返せなかったのか今更気付いた。
そう、あのとき…
――あのとき誰より、彼女が泣きそうだったから







「どうしてあなたが泣くんですか?」
「…先生」

私は自分の未熟さに。無知さに、愚かしさに、どうしようもなく泣けたのだ。

大切な人を失って悲しくないわけがないのに。
無力さに絶望し、喪失感に喘ぎ苦しんで、それでも船長にはなむけしようと必死で…それこそ、本当に必死に笑う彼女達を、一度でも否定してしまったことを後悔した。
いつのまにか傍に居て、同じように海賊たちの姿を見つめる医師に私は問いかけた。


「海賊はみな、ああして泣くのですか」
「…さあ。どうでしょうね」
「どうして!…海賊はっ、素直に泣けないのでしょう」
「…―――さあ。どうしてでしょうね」


そのとき私の視界に、あの少女が映った。
彼女は宴会の席から離れて船の甲板に立つ。それからあっと言う間に海に飛び込んでしまった。


「せ、先生!あのこッ」
「きっと大丈夫、でしょう」


何を根拠にと思ったが、数分経ってから彼女は海面に顔を出し、大きく息を吸うでもなしに真っ直ぐに浜辺に向かって歩いてきた。
その瞳に宿る一条の光を目の当たりにして私は確信したのだ。

つよいな…
強い、なぁ


――海賊は、強い。
 
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