ローが死んだ。




私達の目の前で横たわっているからだは、間違いなくローのもの。幾筋も繋がれた管のおかげでかろうじて動いているらしい心臓は酷く惨めに思えた。医者の話によると、いや本人もそう言っていたのだから嘘じゃないんだろうけど、助からない、そうだ。

こんなに淡々と述べてみたけど、わたしはやっぱり苦しくて胸が張り裂けそうだった。
昨日、甲板で私達は夢を託された。

滲む視界の端で、一瞬だけ。わたしは――背を向け続けていた彼の帽子の影になった黒から絶え間なく流れる涙を見た気がする。

ローの体が病に蝕まれているだなんてこと、わたし達はとうの昔に気付いてた。ローは隠していたつもりなんだろうけど時々切羽詰まったような顔をして姿を隠すローを何度も見たし、確信もしてたの。

だけど聞かなかった。

あの人が言ってくれるまで待つ、なんて理由じゃなくて。単に怖かっただけ。ローが死んじゃうんじゃないかと思って。(事実、彼はもういない。)

そして昨日、遺言のように残された言葉の途切れた部分に当てはまる言葉を私は知ってる。ローが口の端から血を滴らせて、崩れ落ちたりなんかしなければ代弁してあげても良かったくらいには。



白いベットに横たわるローの抜け殻を、わたしたちは立ちすくんだように見ていた。
背後のドアが開いて医師が入ってきた気配がしても、振り向かない。窓の向こうには心なしか寂しそうなハートの海賊船が見えた。

「……今、彼の命は生命維持装置によって永らえています、今後は」
「外して下さい」

声が震えないよう凛として、そこで初めて医師の目を見た。

「私達にはこんな所で滞ってる時間はありません」
「でも、この人はあなた達の船長なんじゃ」
「いいえ。」

信じられないとでも言いたげな表情でそう言ってきた看護師の女性に向かって笑いかける。どうも酷い笑い顔だった気がする。

「今日から船長は私なので」

ローに向き直る。心臓が痛い。痛い。痛い痛い痛いああ、もう、死にそうだ。死にたい。なんて、だめだね。ローから色んな物を託された後だっていうのにさ。

「さよなら、ロー」

唇に自分のそれをそっと押しあてる。最後に彼の自慢の刺青を撫でて、私は病室を出た。振り返りたかった駆けよりたかった抱きつきたかった、泣き、叫びたい。



これほどまでに
神様が憎いと思ったことなどあっただろうか




***

カチャカチャ、と医療器具を片付けながら若い看護師はフンッと荒く息を吐いた。

「信じられません!」
「何がだい?」

傍に居た医師は、彼女の言葉についてやわらかく尋ねる。

「あの海賊達ですよ!」
「……ああ」
「自分達の船長だった人を………ああも簡単に切り捨てるなんて!!冒険が!宝物が!人の命に敵いますか!?」

最後のキスだって、どうせ餞別程度にしか考えていないんだわ!
という看護師の怒りを聞きながら、ローを治療した医師は顎にたくわえられたひげを撫でる。夕焼けに染まった窓の外を見た。
直ぐ傍が海岸な為に、先程の海賊団の船が良く見える。

「何やら、少し騒がしいですね」
「……見てきます」

たた、と駆けていった看護師の背中を目で追ってから、医師はそっと視線をまた外に戻した。生温かい風に乗って、歌が聞こえてくる。


「なんとも、哀しい歌だ」
 
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