馬鹿丸出しの高笑いを上げながら私は甲板に転がっていた。
あー、めっちゃいい気持ち!!
これぞまさに新年を迎えるにふさわしい気分だよね!

酒盛り大好きキッド海賊団は当然明日という大切な日を逃したりはしない!明日、つまりあと10分!10分後には清きめでたき新年が待っているのである。
キャッチ・ザ・新年!
新しい年の初めを盛大に祝って、新世界での航海のニューウェーブに乗っかろうぜ!みたいな思惑だ。


仰向けになりながら一息つくと案外酔いが回っていない事が分かる。海上の身震いしそうなくらいに冷たい空気が頬を撫で、肺を潮の匂いで満たした。
皆の騒ぐ声がどこか遠くに聞こえる。
その時近付いて来た靴音。その主は私を跨いで通り過ぎ、船縁にジョッキをゴトンと置いた。


「かっ騒いだり急に黙り込んだり、忙しい野郎だな」
「あは、かしらー」
「あ?」
「しんねんあけまして」
「早ェだろ」
「えー」

そう言うボケは酔ってからにしやがれ…って、何で分かっちゃったんだろ。今日の飲み会で一番飲んでるのは間違いなく私だけど一番酔っぱらってないのも私だ。

「何か酔えなくてねー。頭は?飲んでます?」
「お陰様でな」
「そりゃあ良かった」

相変わらず甲板にぶっ倒れたまま、私は頭の次の言葉を待った。「なまえ。」ほらね。


「ういっす」
「テメェに頼みがある」
「どうぞ、船長」
「・・・次の島で、テメェは船を降りろ」

私は一週間前海軍との交戦中に大怪我をした。
海軍の攻撃のせいではなく新世界での不可思議な気候によるダメージだ。簡単に言うと、槍が降ってきた。(いやマジで。)皆は軽傷で済んだけど私は急所に槍がぶっ刺さり瀕死の重傷を負ってしまった。

でも今は無傷。

というのも、私の食べた悪魔の実「チユチユの実」の能力によって傷口はまるで無かったかのように消え失せ万事解決。しかしこの能力には欠点があり、治せる怪我や病気に限界があるのだ。限界って言うのは、回数的な話。
で、今回の自分の怪我を治したせいで治癒可能ゲージがぴったり0になった。
――要約すると、私はもう使い物にならなくなってしまったというわけだ。
私は苦笑して聞いた。

「・・・なんで、頼み?そこは命令でしょ」
「俺の命令にお前が従った事なんてあるか?」
「ないけど」
「だろ」
「お願いなら聞くとでも?」
「ああ。テメェは俺の頼みは断れねェ」

確かに。私はキッドの命令に従った事など一度も無かったが、キッドの頼みを断った記憶もまた無かった。キッドが頼みと前置いて話してきたのなら、私に断る権利はない。


「荷物は、明日中にまとめますね」
「ああ」
「あと、財宝庫からちょっとだけ拝借してってもいい?」
「好きにしろ」
「わーい」

乾いた笑いしか出てこない。
泣いてたまるか。
念じれば念じる程、瞳には涙の薄い膜が張る。

リミットがゼロになるのを確認した時にもう覚悟はできていたはず。どうせ告げられるなら今日が良い、と一週間逃げ切って今日の宴会で初めて隙を作った。頭はその隙をちゃあんと見つけてくれたらしい。


「・・・頭ぁ」
「あ?」
「皆のとこ、戻んなくていいのー?」
「テメェが泣くからな」
「は?」
「流石に今は置いてけねェよ」

皆のワイワイ騒ぐ声はやっぱり遠くで聞こえる。頭はぐいっと煽ったジョッキを海に捨てた。
弾かれたように立ち上がった私は後ろから頭に抱き着いた。
――分かってる。やさぐれてみただけだ。
能力だけを失い只のカナヅチになった私は、この船にとって足手まとい以外の何者でもない。だけど頭はそんな事で船を降りろなんて言わない。もっと決定的な理由があったのだ。


「次怪我したら、もう治んねェんだろ」

今までは怪我しても治るから良かった。
傷がついても治りゃ問題ねぇ。
下手な綺麗ごとを抜かすつもりなんざこれっぽっちもなかった俺はお前が傷つき、そして癒えるのを黙って見ていた。

だが、治らねぇなら
海賊なんてもう止めちまえ。


「この前気付いたんだがよ」
キッドは、自分の腰に巻きついていたなまえの手を握った。

「治るとしても俺はテメェの怪我だけはもう見たくねぇ」
そういえば、降り注ぐ槍の一つが体を貫いた時、槍の雨をかいくぐって助けに来てくれたキッドは真っ青だったっけ。

私は笑ってしまった。
その拍子にぽろっと一粒涙がこぼれる。

「天下の悪党ユースタス・キッドの名が泣きますよ」
「ほざいてろ」
「あは」

次の島に停まるのはいつだろう。たぶん明日か、明後日か、近いうちだ。

「ねえ、キッド」

頭は、船長は、キッドは、私の手を握る指先に力を込めて続きを促した。私は声が涙交じりにならないように一拍あけて深呼吸した。彼に送る、今年最後の大事な一言。




「新しい時代を作るのは麦わらでも、他の誰でもない」


私はあなたの傍でその貴重な瞬間を喜ぶ事は出来ないけど
誰よりも願ってる。


「ユースタス・キッド・・・――あなたただ一人だよ」


誰かが大砲を打ち上げた。歓声が沸く。キッドは私の腕をほどいて私と向き直ると痛いくらいに抱きしめた。
「必ず、迎えに行く」
押し殺したようなキッドの言葉。

それは海賊の抱く新年の抱負にしては、いささか誠実すぎて泣けた。(もちろん、嬉し泣きである)

淡恋

海賊:ユースタス・キッド
 
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