歩く度に石畳の床がコツコツと鳴り、このフロアの静けさを殊更に際立たせた。干乾びるほど暑くも、凍え死ぬほど寒くもない空間。打ち広がる沈黙。時間の流れは、ただひたすらに遅い。
彼女はパイプ椅子を片腕に下げ、もう片方の手には大きな紙袋を携えて、フロアの中央にやってきた。――今日もまた長い一日が始まる。

ガタン。

パイプ椅子をセットし、灰色のシートにとすんと腰かける。
檻の中からこちらを伺う幾つもの狂気に満ちた視線を物ともせずに長い脚を組むと、看守帽のつばを軽く持ち上げた。強い力の宿る黒真珠の瞳が、あたりの雰囲気を鋭く威圧する。


「…アンタ達」

桜色の唇から発せられた声は、フロア中に響き渡った。瞳同様に漆黒の髪をさらりと靡かせ、彼女は言い放つ。



「私、今から『ドラ●もん』読むから!声かけたら承知しなぶへらっ」
「お前は一体何を公言しとるか!バカ者!!」

スッパーンと小切れよく私の頭を叩いた主の怒鳴り声はもう何度目にもなるから流石に聞き覚えがある。

「マママ、マゼラン署長!何故ここにィ!?」
「今日はこのレベル6に新しい囚人が投獄されるから、心しておけと昨晩全員に報告しただろうが!アレはほとんど!主任看守であるお前に向けて言ったようなものなのに……あろうことか漫画など持ち込むとは……」

や、やばい署長キレる!!私は椅子から転がり落ちたまま「暇つぶしに持って来た漫画が沢山入った紙袋」を背に隠しつつ、ズルズル後退していった。

「ま、待ってよ署長!落ち着いて」
背中越しに鉄の棒の感触を察知。柵の中に紙袋をすっと押し込んで、素早く立ち上がる。(この際に悟られないよう右足の靴裏で紙袋をさらに奥に押し込むことがポイントだ!)私は内心でにんまりとほくそ笑んだ。


「い、一冊だけしか持って来てないわけだし…許してちょんまげ!」
「没収」
「ひーん(なぁんてね!まだいっぱいあるもんね)」
「この俺を欺こうとは…懲りんやつめ。」
「え」

マゼラン署長は私の背後に回ると、例のブツが隠された檻に近づいて、中の囚人をドスの効いた声で脅した。
「あのバカの所有物を渡さんと殺す」


すすすっと差し出された紙袋。それを受け取った署長はフフンと勝ち誇ったように笑い、もはや完全なる敗北を遂げた私は、八つ当たりの対象を檻の中へ向けた。私に睨みつけられると、囚人Aはハハっと引きつって笑いながら片手で「すまん」のジェスチャーをした。

「ゆ、ゆるすまじ…っ」
「遊びはここまで。職務怠慢で一週間食事抜きの刑に処されたくなかったら、今から入ってくる囚人を黙って向かえる準備でもしろ」
「あいあいさー…。ところで署長、新しい囚人って一体」

ギギギギとリフトの降りてくる音がフロア中に響く。署長は様子見に先に階段で降りてきたらしい、と無駄な考察をしてみる。隣で目を剥いた署長が「お前一体昨日何を聞いてたんだ!」と怒り始めたけど、リフトが到着した際の馬鹿でかい音の所為で良く聞こえなかった。

リフトの鉄柵が持ち上がり、囚人と思われる人物と、それを引き連れた副署長と看守10数名が降りてくる。看守に固められて歩いてきた人物を、私の瞳はようやくとらえた。――息が、止まる。


「奴は、先日アラバスタで起きた暴動の黒幕」

囚人服に身を包んでなお、滲み出る威圧感。

「そして秘密犯罪会社バロックワークス社社長…同時に」

この薄暗いフロアでも金色に輝く鉤爪。

「元、王下七武海。――…サー・クロコダイル」

ギラギラと 獲物を捕らえる間際の殺気立った瞳が不意に持ち上がり、真っ直ぐ私を射抜いた。―――どきゅううん!!


(し、署長ォォオ!!何か急になまえが吹っ飛んだように見えたんですけど!!私の見間違え!?)
(や…やばひ……ドストライクずっきゅん)
 
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