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「ナマエがいねぇ、だと」
そうなんだ。真剣な面持ちでハンジが告げた。
「昼間本部に戻ってきてから姿が見えなくて……。女型の巨人との戦闘について聞きたいことがあったんだけど、部屋にもどこにも居ないみたいなんだ」
それからハンジは沈痛そうに続けた。
「君らの班はあんなことがあった後だろう………あの子、もしかしたら」
「メガネ。……もしかしたら何だ」
俺の気迫に圧されたらしい、ハンジは一瞬口をつぐみ、首を振った。
「………いや、どこかで泣いているんじゃないかと思ってさ。リヴァイなら、あの子が居そうな場所が分かるんじゃない?」
「……」
思い当たる場所は一つだけあった。
「あいつのことは俺に任せろ」
執務室の座席を立ち、部屋を出ようとする俺のことを呼び止めるハンジ。
「リヴァイ、あの子が君を想っていることは、もう気づいているんだろう」
俺は振り返らず、また、何も言わずに扉に手をかけた。
あいつが俺をどう思っているか。
たまに寄せられる視線の熱っぽさも、
俺だけに向けられる柔らかい笑顔も、
気が付いていないわけではなかった。ただ、
「あいつは、何も言わねぇ」
ハンジの返答は待たずに扉を閉めた。
「きっと、兵長にも分からないんじゃないかな」
ペトラがエレンに言った言葉が耳の奥で蘇り、俺は静かに拳を握った。
(言わないんじゃない、言えないんだよ。リヴァイ)
俺が去ったあと、悲しげに吐き出されたハンジのその言葉が俺の耳に届くことはなかった。