レンガ作りの建物に挟まれた街道で、なまえは僅かに見える空を見上げてにっこり笑った。

「うふふ、迷っちまったぜーい!」

もー!ここどこだよ!ヴォルデモートさんと一緒にディナーにノクターン横丁に来たところまでは覚えてるんだけど何がどうなってはぐれちゃったのかはさっぱり不明。やっべー、絶対怒られる。

「やあ、お嬢ちゃん。こんなところで何してるんだい」
「迷子かい?」

「おじさん達私の切羽詰まった叫び声聞こえなかったんですか?正真正銘迷子ですけど何か」

迷子だと威張りくさる少女を前にして二人の中年の魔法使いは一瞬たじろくも、じりりと距離を縮めてくる。よくよく見れば彼らの後ろにも危ない目をした何人もの魔法使いが身を真っ黒に固めて立っている。否、此方に歩いてくる。


「じゃあおじさん達が助けてあげよう」
「や、結構です」
「でも迷子なんだろう?」
「だとしてもお年寄りの手は借りない主義なので。つーか離してくれません?」

心底嫌そうに眉をしかめれば相手の逆鱗に触れたらしい。目を吊り上げて襲いかかってきた。私は呪文をかわしながら、いくつも置いてあった樽の上に飛び乗る。


「いいんですか?私に手を出したらおっかなーい人が貴方達全員八つ裂きにしに来ますよ」


その言葉に一瞬動きを止める魔法使いたち。樽の上の私はもう一段上のそこへ腰かけて優雅に足を組んでみる。これで落ちたら相当かっこわるいのでメチャクチャ神経使って乗ってます。

「フ…フン、小娘如きに愚弄されるとは!」

しわがれた声が響く。ああやっべ、脅し作戦は失敗に終わったのか!もう名前出しちゃおっかな。……でもあたし殺されたらヴォルデモートさん怒ってくれんのかな。手間が省けたとか言われる可能性大な気がしてきた。


「お嬢ちゃんの言うことが本当ならその御仁、呼んでみるといい」
「……よかろう」

挑戦的な物言いに僅かに苛立ちを含めて返す。再び向けられた沢山の杖。くっそ、腹立つなあ……これで呼んで来ちゃったらあたし知んないからね。お前ら全員皆殺しだろうけど、しらんからね!
すうううう、と息を吸い込んでお腹の底から声を張り上げた。(この時は未だソノーラスなんていう便利な呪文があることを知らなかったのだ)


「ヴォルデモートさ―――――ん!愛しのなまえチャンを助けてくださ――い!!」

目ん玉をひんむいて固まるそいつらを横目に、私は溜息を吐いた。喉が痛い。これで来てくれなかったらとんだ赤っ恥だ。……どうかこの声が届く距離に居て下さい。


「じ、嬢ちゃん!!!悪ふざけも大概にするんだ」
「闇の帝王の名をあんなに大声でっ」
「う、う嘘ならもっとマシなものを吐くんだったな」

「あ」

彼らの後方に見慣れた黒。私は、不安定な樽の塔からジャンプして彼の前に降り立った。

「…どこをうろついているのかと思えば」
「すんませーん」
「俺様の名を軽々しく、しかも大声で呼ぶな。……恥だ」
「だけどこの人達しつこくて。名前&気迫で勝てるかと思ったんだけどそうもいかなかったんです」
「一掃してしまえばいいものを。……もうお前ならできるだろう」


そういや急に静かになったな、と振り返ってみれば。顔面からすっかり血の気を失せさせて目を見開き腰を抜かした可哀想な魔法使いたち。まさかこんな小娘が本当に闇の帝王とお知り合いだったとは思わなかったらしい。

「この人達ヴォルデモートさんの悪口言ってましたよー?」
「自分も昼夜問わず言っているのを忘れるなよ」
「ギクー!」
「まあ…とにかく、こんなところに長居しているのは時間の無駄だな」
「ディナー!ディナー!」
「静かにせんとその口を無くすぞ」
「(冗談に聞こえない…)」


「俺様の所有物に杖を向けるとは、貴様等死ぬ覚悟はできておろうな」


ヴォルデモートさんはぐるりと振り返って魔法使い達に向き直る。ひい、と情けない声が聞こえた。

「まあまあ。ヴォルデモートさんや……ここは天才なまえちゃんにお任せ下さい」
「どうする気だ」
「これからディナーだってのに、人殺しなんてしたらご飯がまずくなっちゃう。昨日、ルシウスに良い呪文を教えてもらったんだ私」
私はさっと杖を構えた。

「オブリビエイト!」

「忘却術か……ぬるいな」
「慈悲深いんですよ、女神の如く!」
「頭大丈夫か」
「真面目にそんな事聞かれる日が来ようとは……ショック!」
「グズグズするな。行くぞ」


ふんと鼻を鳴らして颯爽と前を行くヴォルデモートさんの背中に私はこっそりお礼を言った。本当に助けてくれるなんて思わなかったから正直びっくりしたし嬉しかったのだ。
彼の中の自分の存在はそこらの死喰い人よりはワンランク程度上なのだと気付いたある春の日の話であった。

迷子
(助けに来たのは闇のヒーロー!)
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