「じゃあキミ魔法使いなの?」
「……そうらしい」

私は恭弥が黙って学ランを脱ぐのを見つめた。
説明してて思ったけど、どこまでもファンタジーすぎて信憑性皆無。
恭弥はソファに上着を投げ置き、自分は椅子に腰かけた。

「………信じられないよね。でも、証拠なら私が」
「信じるよ」
「え、」
「こっちも色々あってね。…草食動物達も、どうやら未来にいるらしい」

こっちがSFならそっちがファンタジーでも何らおかしいことはないよね、淡々と告げる恭弥。彼の感覚はもう大分前に麻痺しているらしい。常識とは。

「そんなことより」
「ギク」
「僕はキミの手首と薬指の入れ墨の方が気になるんだけど?」

その部分は巧みに省略して話していたんだけど、いかんせん目ざとい風紀委員長だ。見逃してくれるはずもない。
私は変な汗をだくだくかきながら説明を始めた。

「えーと、これは、いわゆる呪い的なアレでして」
「あいつ?」
「え?」
「前に電話に出た」
記憶を辿ると、そういえばと思い当たる節があった。
「そう……その人です。ヴォ、……卿っていうんだけど、私ずっとその人に魔法を教えてもらってたの」
「気にくわない」
「うーん、馬は合わなそう」
「それで、そいつにどうしてこんな印つけさせてるの」

恭弥の機嫌は目に見えて悪くなっていく一方だ。
私は仕方なく、ブレスレットと指輪の刺青の説明をした。もうこれ以上悪くなることもあるまいと思っていた恭弥の機嫌は、(これは完全に想定外だったけど、)底辺をぶち抜いた。

目にも止まらぬ速さで私を床に蹴り倒し、そのままトンファーで首元を押さえつける。

「き、恭っ、」
「ようはキミはそいつのペットに成り下がったんだ。並中の風紀委員という帰る場所がありながら、そいつの傍に居ることを選んだ。キミがどんな力を得ようが得まいが僕にとってはどうでもいいのに、キミの帰る場所を作って待っていた僕は、じゃあ……」

恭弥がこんなに喋るのを初めて聞いた。
私は驚いてしまって何も言葉にできそうにない。ただ息をのんで、真上にある弥也の顔を見上げる。
「………なんてね」
「え……」
「冗談だよ」
見上げた先の彼は口角を少しだけ上げて私を見下ろした。

「じ、冗談…?」
「キミが委員会の仕事をほったらかして半年も消えてたから、その鬱憤少しは晴らさなければと思ってね」
「な、っ……なんだよぉーー」
鬱憤晴らしにしては陰湿すぎる!
ドキッ(ヒヤッ)としたわ!!

「ま、指が飛ぼうが首が飛ぼうが、キミの分の仕事が終わるまでソッチへは帰さないよ」
「鬼だ……」
「あと、キミの半年分の家賃僕が肩代わりしてることも忘れないでね」
「女神様でしたすいませんでしたハハァァ…!!」

私の上から退いた恭弥は、クローゼットの中から取り出した予備の制服をこちらに渡して、最後に指先で私を手招いた。

「顔を出して」
「は、え?なんて?」
「早くして」
くっ、逆らえる気がしない。
「……ビンタしっぺブルドックとかは無しね」
「しないよ。」

言われた通り顔を恭弥に向かって突き出すと、目の下から頬に向かって黒いペンで何やら文字を書いているらしいことが分かる。

「ちょ!ちょ!?」
「大丈夫、水性だから」
「(絶対油性だ!)」

数分後、満足げな彼に解放された私は慌てて応接室を出た。
消えた頃にまたおいで、と最後に付け足された言葉の意味を知るのは、それからまた数分後のことである。

“風紀委員長専用パシリ (餌与えるな)”
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