「……使えねェ?」

「私にもよく分からんのだけどね」

結局キッドの海賊船にお呼ばれした私は、テーブルを挟んで問答のような弾まない会話を楽しんでいた。
この短時間で分かった事がいくつかある。

一つ、ユースタス・キッドは海賊である
二つ、この船はキッド率いるキッド海賊団の船である
三つ、海賊の眼力ぱねぇ

「…ていうかさ」

キッドの部下と思しき海賊達がズラーっと部屋の壁に並ぶ中、針で…なんて生ぬるい。鋭く研ぎ澄ましたモリで突かれているような、そんな痛い視線を全身に浴びながらの対談はまさに拷問だった。

「殺気立ちすぎて既に死にそうなんだけど」

「クク、悪ィな、うちの奴らは血の気が多くてよ」

「船長がこうだもんねははは」チュンッ「ギャー今弾丸かすった!帰りたい!もう!誰撃った奴!」

これじゃ迂闊に発言できないな。
かといって目の前に置かれたお酒に手をつける気もなれないし、そもそも未成年だし…。よし、本題に戻そう。


「私、学校で魔法の勉強してて、プラス独学で結構頑張ったから実技はあらかたイケると思ってたんだけど」

「実技ってのは何だ」

「日常的に役立ちそうな呪文」

「あァ…木ィ動かしたりか」

「そうそう!!……ははは、睨まんといて」

そして話は続く。

「でもあれっきり魔法使えなくなっちゃって…」

「空飛んでたじゃねェか」

「それは私もビックリで……あれ」

そういえば飴持ってたっけかな。少しでも癒しを得るべくポケットを漁っていると、見覚えの無い手紙が出てきた。
薄い紙を二つ折りにし、細い紐で十字に止められている。


――親愛なるナマエ殿

アルバス・ダンブルドア


「…うわ。何かうっすら全貌が見えてきた」

「何だそれ」

「手紙です。校長から」

沢山の注目が集まる中、紐を解く。
「うおっ」
それと同時に手紙は私の指先からつるりと抜け出して、まるで吼えメールのように私達の視線の位置に飛び上がった。
(おっと、嫌な予感。)


『元気にしとるかね?ナマエ』

紛れもなくダンブルドア先生の声だ。

『突然の出来事に驚いておるじゃろうが、こうなったのには訳があるのじゃ』

「…わけ?」
「どうなってんだ…!手紙が喋ってやがる」
「これが魔法ってやつか。すげぇ」

『ナマエの今おる世界は、魔法界もマグル界もない、まったく別の世界じゃ。次元が違うと言ってもいい』

「何それ!」

『というのも、ナマエの生活態度が凄まじく芳しくない事が原因ともいえるのじゃよ』

「凄まじく芳しくない…?」
「相当悪ィって意味だろ」
「なっ、マジか、そりゃ遅刻とかたまにするけど…」

『今年に入って遅刻が50回。サボりが25回。ほっほっほ。まあ若気の至りじゃの』

「…」
「…たまにか?」

『しかしナマエ、おぬしには才能がある。努力家でもある。実際、おぬしのテスト結果も実技の評価も実に良い。優レベルじゃ。
だがの、そこに頼りすぎている部分も確かにある。才能あるが故の怠惰じゃが、このままでは君の為にならんと思ったのじゃよ。―――そこでの』

ダンブルドア先生が笑ったのが雰囲気で分かる。私はごくりとつばを飲み込んだ。

『君の魔力にフィルターをかけさせてもらった』

「…フィルター…?」

『一善につき、それに伴った魔力が回復するようになっとる。つまりナマエはそっちの世界で善き事をし、自分の魔力を全て取り戻せばよいのじゃ』

「え…私じゃーそれまで帰れないの!?」
私の質問に答えは返ってこない。そりゃそうだ、手紙だもん。

『なお、そっちの世界では危険な事が日常茶飯事。誰か強い者に味方になってもらうのが得策かもしれんのう。ほっほっほ』
わ、
笑いごとじゃねー!
『それでは、ナマエ。これも授業の一環じゃが、武運を祈っておるよ。次会う時の成長が楽しみじゃ…!』

その言葉を最後に、手紙は空中でおじぎをして、テーブルの上に落ちた。
途中から力み過ぎて立ち上がっていた私はふらりと床にくずおれる。な、なんてこった…!うちの校長はお茶目だお茶目だとは思っていたけど、まさかこんなおちゃめを…


「キッド。…どうする気だ」

沈黙を破ったのは、ようやく今の光景を受け入る事が出来たらしいキッドの部下A、ジェイソンさん(仮)は言った。

「こいつが魔女だと言う件は信じる事にしたんだろう」

「え、そうなの?」

「……今の見せられりゃな。おい、ちょっと何かやってみろ」

お酒の入ったグラスを片手に顎で私を指したキッド。その振る舞いがえらく様になっていて一瞬ビビった。

「や、だから私今なんも使えない…」

「ガキ助けたろ」

「…!あー、でもそれって箒で飛べる分の魔力回復に使っちゃったんじゃ」

「バカが。テメェ脳みそスッカラカンかよ」

「何この言われよう…」

いいか、と言葉を引き継いだ仮面の人は、私と周りの船員に分かるように説明をした。

「こいつが飛んだのは子供を助ける前だ」

「!…そういえば」

「つまり、1度目の"良い事"をした時に回復した魔力だ、という事になる」

成程。私でさえ受け入れそこねている現実だったが、この二人は既に大分理解してきているようだ。脳がやわらかいんだと思う。

「…ってあれ?1回目って、私なんか良い事したっけ」

「テメェは知らねェだろうが」

ここでキッドが可笑しそうに喉を鳴らして笑った。

「俺は一人殺し損ねたんだよ。テメェの登場の所為でな」

「…!」

私は、片腕で締め上げられていた男の人の事を思い出した。――そうか。私はあの人の事を図らずも助けていて、その分の魔力が呪文一つと空を飛ぶ分だったってわけか。成程……!


「とりあえずやって見せろ。いいか、戦闘で使えそうな、選りすぐりの一つだ」

私は脳内にとある呪文を浮かべたが、それは頭を振って消し去った。
ローブの中から杖を抜き取る。
「…」
杖が私の考えに共鳴するように一瞬震えた気がした。

立ち上がった私は傍にある窓を開けて、夕焼け色の空と、息を飲むほど美しい茜色の滲んだ海を見つめた。――――決めた。
私はにやりと笑って杖をキッドの鼻先に向けて、一振り。

「オーキデウス」
「…!」
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