噂の手配書



「ナマエの様子が変、だァ?」

「ええ、なんつーか終始ソワソワ落ち着かねぇっていうか」

「いつもだろ」

「ぼーっとしたかと思えば急ににやけはじめたり」

「だから、いつもだろ」

「頭も理由を知らねェとなると、こりゃもしかて……なァ?」
「ああ」

キッドは意味深に目配せしあうクルー達の前でいつものようにキレた。自分の酒だけを手に、テーブルごと蹴り上げて彼らがひっくり返る様を眺める。

「もしかして、何だ。ア?早く言わねェとテメェ等……」

「ヒイ!頭お待ちを!!」

「恋、じゃないのか」

それまで横で静かに飲んでいたキラーが唐突に零した。
「こい?」
とオウム返ししたキッドは、自分の口から出たその言葉にぞっと鳥肌が立つのを感じる。

「そ、そそそうでさ頭!!イテテ」

「俺達も ちょうどそう当たりをつけてたとこで……」

キッドはハッと嘲笑混じりに鼻を鳴らした。

「バカ言ってんじゃねェ!!海賊がそんな甘ったるいもんに現を抜かしていいはずねェだろうが!」

「いやでも、あの子も年頃ですし……へへ、へぶっ」

下品に笑ったクルーの一人の顔面に靴の裏を叩き込む。

「アイツに変な気起こしたら命はねェって言っただろうが」

「で、でぼですよ!!かりにぼし、ナマエちゃんの好きな相手がおれだっだら……」

「いや何でテメェなんだよ。あるわけねェだろうが、目ェ覚ませ」

「じ、じゃあ頭は誰だと思うんですか!!」

キッドは片眉を上げて言葉に詰まった。
アイツの意中の相手なんざ知ったことか。考えたこともねェ。……が、もしだ。
もし、本当にそんな相手が居るとしたら……






思いのほか長考してしまったことにハッとなれば、食堂にいたほとんどの顔が自分に向いていることに気がついた。
キッドの額に青筋が浮かぶ。

「あのタコにそんな相手いるわけねェ。が、待ってろテメェ等、全員その腑抜け面は今すぐマシな面構えに直してやるぜ」

「ぎゃーーー!待ってお頭!!俺達が悪かった!!」

「すんませんでしたァァ!!」

「けど絶対頭今自分のこと想像したよな」

「おいバカッ余計なこと言ってんじゃ、ギャーー!!!」

ガチャ

「あれ?なんで乱闘?今日も宴とは飽きないねー、みなさん」

ナマエの登場により、一瞬で食堂が静まり返る。

「え、なになに、なんかあったの……?なんでみんな無言でこっち見てるのキッド。怖い」

「……フン、何でもねェよ。奴らは全員バカの病に侵されてるだけだ。明日には治る」

とっさに起こりかけたブーイングの嵐を眼光のみで黙らせる。

「へー、おバカって感染するんだ。気をつけよ」

「テメェは手遅れだろ」

「なんだと!」
文句を言いながらナマエが杖を振ると、メチャクチャだった食堂がたちまち元通りに姿を変えた。
ナマエを拝み始めるコックを尻目に、キッドは自分の酒を最後の一滴まで煽り、じろりと彼女を睨み下ろした。

「あーおなかぺこぺこ!略しておなペコだよまったくー!見張りも楽じゃないね」

特に普段と変わった様子はない。
が、周りからひしひしと感じる「頭頼む探ってくれ」オーラは増すばかりだ。

「チッ、仕方ねぇ……」

行くのか、キッド。
と隣のキラーが小声で尋ねる。

仕方ねぇだろうが。
ハッキリさせとかなきゃクルー共が馬鹿みてェに浮ついて戻らねえからな。

「……オイ、ナマエ」

「ん?なーに、キッド」

いつの間に頼んだのか、山盛りのチャーハンをモグモグ食べながら顔を上げるナマエ。

「テメェ………………」

「?」

「……ちょっと待ってろ」

キッドは立ち上がり、言い出しっぺであり鼻血を出している方のクルーの襟首を掴むと食堂の外へ連れ出した。

「か、か、かか頭……一体何のようで」

「何を聞きゃいい」

「へ」

素っ頓狂な声を上げたクルーに、キッドは僅かに耳を赤く染めつつ凄んで尋ねた。

「っだから、こういう時なんて聞きゃいいんだって聞いてんだよ!!!」

キッド海賊団が新たな試練に挑む夜は、こうして始まったのであった。
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