私の前にはチョコレートホールケーキとフルーツタルト、ガトーショコラにシフォンケーキ、マカロンタワー、アイスクリーム……

「改めて、今日のお詫びと」
「全て許そう。」

フォークを手にスイーツの山に飛び付いた私を見て、ジミールさんはくすくすと笑いを溢した。

「君は本当に甘いものが好きだね」

「女の子はみんなそうですよ!」


それから暫く、私とジミールさんは色んな話をした。ハリーの話や、魔法界での出来事、ジミールさんがどうして僧になろうと思ったのか。ローラがどれだけ綺麗だったか……。


「じゃあジミールさんに砕いて使え≠チて教えた魔法使いは、旅人だったの?」

「そう言ってたなぁ。私があの箱の前で、なす術なく、項垂れていた時だ」

あれだけ強力な魔法が見抜ける人物なんて、魔法界でも名が知れていそうなもんだけど……。


「その人、どんな人だったの?」

「身なりの綺麗な男だったよ」

「ふんふん」

「自分は魔法使いだ。あなたはこの箱の中身が見えるか?ーーそう聞かれた。私は見えないと言った。すると、彼は暫く黙った後すぐに踵を返して歩き去っていったんだ……。その言葉だけを残してね」

「変な人。他には何か特徴ないの?例えば瞳がアイスブルーだったとか、半月眼鏡かけてたりとか、白い髭が生えてるとか??」

「…………そう言えば、」

ジミールさんが思い出した、その魔法使いの特徴を聞いて、私は息をのんだ。

「……ジミールさん、それって」

「ナマエ」

振り返ると、キラーとの打ち合わせを終えたキッドが入り口に立っていた。

「てめぇまた食ってんのか」
と心の底から気持ち悪そうに言われる。
だって美味しいんだもの。

私は、ティラミスの最後の一口を頬張ってから立ち上がった。


「何で私がここにいるって分かったの?キラーは?」

「店に入るのが見えた。アイツなら先に船に戻ってる」

「朝まで呑んでるのかと思ったよ」

「明日が船出じゃなけりゃな」

キッドは今度はジミールさんに目を向けた。

「情報屋の仕事は終いか」

ジミールさんは頷いて笑う。
えっと驚く私を置いて、二人はさらさらと会話を続けた。

「これからはのんびり、旅にでも出ようかと思ってる」

「テメェの情報収集の腕が確かなら俺が拾ってやってもいいぜ」

「ふふ。いいや、これでも一応僧だからな。殺生はしない」

「だろうな」

キッドはポケットから小さな黒い布袋を取り出すと、ジミールさんに向けて放った。
ゆるい孤を描いて、それは彼の手に収まる。


「餞別だ。」

それだけ言って、キッドはさっさと扉の向こうに消えてしまった。

「あっ、ちょっと待って!ーージミールさん、はいこれ」

「これは……」

「ローラの杖。折れてもう使えないけど……」

ジミールさんはキッドから受け取った袋をテーブルの上に置き、ローラの杖をそっと両手で受け取った。
震えた指先が、杖をそっと握る。


「ありがとう…………」

彼は何か言葉を紡ごうとして、しかしどんな言葉も出てこないというように目を潤ませているのを見て、私はもう何もいらないと思った。


「ジミールさん、元気で」

「ナマエちゃんも……。君の無事を永遠に祈ってる」


そこに嘘つきの情報屋はもういない。真冬の夜空のように透き通った瞳をした、一人の旅人がいるだけだった。
私は微笑んで、お店を後にした。
先を歩くキッドにすぐ追いつけたのは、その足取りがいつもよりゆったりとしていたせいだ。


「キッド」

「あ?」

「キッドは顔面凶悪だし、中身もかなり極悪だけどさ」

「喧嘩売ってんのか」

「ちがうって!最後まで聞いてよねー」
私は少し足早に歩き、キッドを追い抜かして振り返った。

「私、キッドほど男らしくて不器用で、たまにびっくりするほど粋な人いないって思うんだ!」


ジミールさんが、キッドから受け取った布袋をテーブルに置いた時、袋の口から中身がちらりと伺えてしまった。
それは、淡い燐光を放つ、エメラルドグリーンの二つの宝石だった。


(世界を見せてェなら、テメェで見せてやれ)

そんなキッドの声を、ジミールさんはきっと聞くだろう。

「ま、ちっとも素直じゃないけどね」


キッドはそれを聞いて眉をピクピクさせ、「やっぱりバカにしてんだろテメェ」と低く唸ったが、私はちょっだけその声が動揺で上擦ったのを聞き逃さなかった。

「加えて照れ屋でー、頑固者でー、地味に几帳面で口うるさくてー」

「良い度胸じゃねぇか。ちょっとこっち来い」

「やだよーん!わっ」

突然腕を掴まれて家の影に引き込まれる。
キッドは自分の身体と壁の間に私を挟むと、ぐっとこちらに身を寄せた。

「ちょ、……ちょちょちょちょちょ!!?近いよっ、近むぐ」

「黙ってろ馬鹿」

口を押さえられたまま、さあ状況把握だ!
ただ今夜の9時!ホグワーツで言うところの寝る時間間近!キッドとの距離ゼロセンチ!ホグワーツで言うところの不純異性交遊!!不純!異性交遊!!

「ぷは!誰か助けてぇ、大人にされる!!」

「本当にされたくなきゃ静かにしてろ!見つかっちまうだろうが」

声を抑えて怒鳴るキッド。
そこでようやく、彼の目線が私ではなく、灯に照らされた薄暗い町並みであることに気がついた。

「ん?あれは……」
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