「Don`t forget me は私を忘れないでって意味」

私は杖を手にして"箱"の在った場所に近付いた。

「……オイ」

「大丈夫。キッド、心配しないで」

してねェと言いつつも立ち上がったキッドは私の傍に寄る。キラーや他の皆も揃って緊迫した空気を醸し出し始めた。
よっぽどさっきの出来事がショックだったのか。申し訳ない心地だ。


「ここ。触ってみて」

「……」
恐る恐る手を伸ばすジミールさん。
彼はソレに触れ、目を見開いた。

「は………箱、だ」

「何?」

キッドも手を伸ばす。ゴン、と透明な箱にぶつかった音が響いた。

「ひとつめの箱は、呪いが外の世界に漏れないようにするために。ふたつめの箱は、醜い自分の姿を、愛おしい人の目から離す為」

誰からの固唾を飲む音がした。
私は杖を振る。

「フィニート・インカンターテム(呪文よ終われ)」


再びガラスの砕け散るような音がして箱が崩れた。
全員が驚きに声を上げ、信じられない面持ちでそれを見つめた。

色鮮やかな花々の上に横たわる、この世のものとは思えぬほど美しい、それは


「宝石の、骸骨だ……!!」


痛みや苦しみを全て抽出された、その箱の中に長年眠っていたローラは全てが透き通る美しさの宝石に変わっていた。
白い絹はところどころ破けてはいたが純白で、腕の骨も、足の骨も、しゃれこうべまで全て宝石だ。


「す、すげえ!」
「見てみろ…!!右腕はダイヤにサファイアだ!」
「こっちは、ホラ、ブラックオパールじゃねえか?イーストブルーでしか取れねェって聞いてたのに…」
「ど、どいてくれ!!」

わっと盛り上がる海賊達を押し退けて、ジミールさんは彼女に近寄った。

咽び泣きながら、熱を失ったローラの手を取る。

「ローラ、……ローラ!!ああ、……君は、ずっとここに、」

私は彼女の投げ出された脚をじっと見つめ、思い通り、そこに刻まれた文字を見つけた。

「"Crush it, and for you"」

「え…?」

「通りすがりの魔法使いが言った、"砕いて、貴方の為に"っていうのはコッチの意味。だぶんその魔法使いには二重の箱の中身が見えてたんだね」


ローラのかけられた呪いはこんなものではなかった。徐々に体を蝕むあの黒い痣が、正にそれだったはずだ。
でも、彼女はかき集めた広い知識を使って自分に更に呪いをかけた。
黒い痣を覆うように、爪先から、宝石に変わっていく身体。
箱の向こう側で、必死に自分を探すジミールさんの姿を見つめながら、――それは一体どんな心地であっただろうか。


「……ありがとう」

ジミールは宝石の彼女を優しく掻き抱いた。


「私を憎んでいるなんて、罪深い勘違いを……すまない。ごめん、ローラ……ッローラ、愛しているよ…」




その姿を見て、私は、トンと横にいたキッドに寄り掛かった。
斜め上を見上げると、暫く目が合い、思い切り顔をしかめられた。加えて大きな舌打ちである。

「駄目だ、そんな面で見上げんじゃねぇ!!」

「キッド……」

「海賊だぞ馬鹿かテメェ!!」

「キッド……」

「、だ、大体テメェさっき死にかけて…こんなモン慰謝料だろうが!!」

「……」
睨み合いが続く。あまりに折れないキッドに、私は噛付いた。
ローラを砕いて売っぱらおうなんて非情な真似させるわけにはいかない!


「――ジミールさんが可哀想じゃん!!」

「あ゛ァ!?テメェこいつに殺されかけたんだろうが!!」

「ちがうしィ。意図せぬ魔法の所為だしィ」

「ゴタゴタ抜かすな!こんだけ価値の在るモン見過ごせるか!!」

「でもだって元人間だよ!?元人間バラバラにするってそれもう殺人だよ!」

「ンなもん知るか」

「仮に売ったとして買った人可哀想じゃない!?言ったらもう骨だよ骨!お金出して人骨買うようなもんだよ!」

「買った奴の心配までしてんじゃねェ!!」



「雰囲気、ぶち壊しだな。この二人」
「空気の読めない奴等だ」

キラー達が呟くのとほぼ同じタイミングでジミールが立ち上がった。

「魔女の……お嬢ちゃん。ありがとう」

「ジミールさん」

「――でも、もう良いんだ。」

彼は涙で濡らした頬を袖で拭い、殴られた箇所を少し痛そうにして、それでも作り物じゃない笑顔を浮かべてくれた。


「ローラは、あなた方にお譲りする」

「ジミールさん!?何で、」

「ただ、誓ってくれ。売る気でいるなら"砕いて"売ってほしい。彼女の言葉の通りに」

ジミールさんの言葉にキッドは小首をかしげて応えた。
「宝石で出来た骸骨なんて聞いたこともねえ。人型のままの方が価値は高ェんだがな」

「……彼女は、海の向こうへ行ってみたいと言っていた」

ジミールさんは愛おしげな目をローラに向ける。
ああ、そういうことか。

「砕いた宝石にそれぞれ買い手が付けば、色んな場所へ……世界のどんな遠くへも、彼女は見に行けるだろう」

「……ジミールさん」

「後生だ…。そうしてくれ」


沢山の視線がキッドに向き、キッドは暫しローラに視線をやって、深く息を吐いた。

「チッ……仕方ねえ」

「!!本当か、ありが」
「言っとくが!テメェの頼みを聞く道理はねェぞ!――…ここで折れなきゃ煩ェのが、ウチにも一人居るだけだ」

「キッド…」

「野郎共、宝探しは終いだ!とっとと船に戻るぞ!!」

船員に撤収を命じたキッド。
こうして、この不思議な花畑でのひと時は、夕暮れとともに終わりを告げたのだった。
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