「あらら、アンタ。大丈夫か?」

「流石にそんなバナナは古いと思いました。しかも二回目。ごめんなさい」

「バナナ?…良く分からんけど店の前でぶっ倒れてちゃ邪魔んなるよ」

「すいません脇にずらしてもらえますか」

「ずらすの?俺が?」

「腹減って動けないんで。お願いしますよー」

長身の男の人は癖のある髪からずり落ちてきたアイマスクをまた額へ押し上げ、仕方なさ気に溜息を吐いた。
ずらすだけなのに大仰な人だな…ケチんぼ!屁っぽこアイマスク!とそのような考えは数秒後、お店の椅子に下ろされて差し出されたメニューを目の当たりにしたことで相殺した。

「あのう…わたくし無一文なのですが」

「安心しなさいって。ここは俺の奢りだから」

「オジサーン!魚介類のパスタのスープセットとリゾット、それからプロシュートのピザと新鮮サラダください!それからデザートはプリン添えティラミスで!」

「容赦ないのね。とほほ」

「えっと、オニーサン、御馳走様。もう少しで飢え死にするところだったヨ」

「いえいえ」

「あと屁っぽこアイマスクとか思ってすいません」

「キミそんなこと思ってたの…とほほ」

この短時間で知らないひとに二回もトホホと言わせてしまった…さすがに罪悪感。でもそんな罪悪感も目の前に運ばれてきた料理を見て吹っ飛んでしまった。

「嬢チャン、家出?」

「もぎゅもっきゅ、でふ」

「飲み込んでから頼むわ」

「もごむしゃゴクン…この年で家出なんてしませんよ」

「あらら、じゃあ何だってあんなトコに」

「迷子です」

「俺としてはソッチもどうかと思うね」

呆れ顔のその人はカウンターにお札を何枚か置いて立ち上がった。見たことの無い紙幣から、やはりここが私の知らない場所であることを再認識させられる。

「じゃあ俺は忙しいんで帰るけど。キミもさっさと帰んなさいよ」

「どうもご馳走様でした」

本当は「帰る所が無いんです」とまで言いたかったけどこの数分間の出来事から彼の性格を考えると、きっとまたお世話を焼いてくれるに違いない。
一食を御馳走して貰った手前、そんなに世話をかけるわけにはいかなかった。

「あ、そうそう」

歩き始めた彼が、思い出したふうに立ち止まり、振り返った。

「俺はクザンね。海軍ってトコで大将やらしてもらってんの」

――大将?ガキ大将みたいなもんかな?

「へえ、偉い人なんですな」
「(この子はまた…目の前に海軍大将がいるってのに随分とのんびりした答え方するじゃないの)」

驚愕を胸の内に秘めているようには見えず、また素晴らしい度胸の持ち主だとも思えず。言うなれば本当に"何も知らない"ようだった。
私は食事の手を止めて頭を下げる。
魔女たる者、礼儀は心得ねばね!

「私はナマエです。クザンさん、今日は本当に助かりました」

「ナマエ、チャンね。…クザンでいいよ」

「じゃあクザン。またどこぞのレストランの前で飢え死にそうになっていたら、そのときはどうぞ宜しく!」


我ながら変な頼みごとをしたな、とは思う。
でも彼、クザンはさっきと相変わらぬ間延びした返事をしてくれたから、ご縁があったらまたご飯をご一緒してくれるかも知れない。
海軍なんちゃらは良く分からなかったけど、ともかく、右も左も分からないこの土地で知り合いが出来たことは、私にとって有難い話であったのだ。





「…ん?」


お店の小窓から見える浜辺に、クザンの姿があった。もうあんなとこまで行ったのか…早いなぁ。足が長いってお得だ。あ、でも自転車乗っている。
「…」
サイクリングが好きなんだー。へーふーん……いやはやそれにしても、明らかにおかしな点がたったひとつ。

「何で…海の上を…!!」

海上を自転車で進むクザン。良く考えろ、よく考えるのだナマエ、私ったらこの物語の冒頭で魔法の存在を早々に否定していたけどあながちそうとも思えなくなってきた。

「…、……?……っ……???」
ダメだ。こんな摩訶不思議な状況を抜け出す為に、取りあえず今見たことは無かったことにして、私は食事を再開したのだった。



**


お腹も満たしてすっかり上機嫌になった私は、お勘定を済ませてレストランを出た。
暑くなって脱いだローブを小脇にはさみ、賑わう街並みを突き進んでいく。満腹になると心にもゆとりができるってもんだ。

「……やっと見つけたぜ」

背後からかけられた声に、私は振り返らず走り出した。
臨機応変というか土壇場の底力というか。とにかく予期せぬ展開にも圧倒されず走り出せた私は、正直凄いと思う褒めてくれ!!

「あわよくば助けてー!!」

「待ちやがれェェ!!追え野郎共ォ!」

(や、野郎共さん来ちゃったー!)

わたしに追いかけられる原因があるとすれば、それはこの美貌かしら。そんな事を言ってみたい。

決してそういった素敵な理由では無い。単に興味を持たれてしまったのだ。私は背後から迫りくる脅威を気に掛けながら悠長に考えてみた。どうすれば逃げきれるかな!魔法使えないし見知らぬ土地だし…アレ、ピンチじゃね?本日三度目のピンチじゃね?

「待ってくれ嬢チャン!頭は別に殺そうとしてるわけじゃねェんだよ!」

「アッツ!口から火ィ吹く人に言われてもね!ドラゴンかって熱ッ!ちょっ!ローブ焦げたんだけど!」

「すまん!止まれ!」

すまんじゃねーよ!私は応戦する事もできず、文句だけを投げつけながら走り続ける。
やっぱこの世界おかしいよね!だって口から火が出る呪文とか聞いたことないし!かといってマグル界にそんな事できる人いたら化けモンだよ!ロンのパパだけは大興奮するだろうけども!

「大人しく止まってくれ。俺達もいつまでもこんな追いかけっこに時間を費やしていたくはない」

言いつつチェーンソー(のようなもの)を振り回すジェイソン(のような人)からも逃げる。逃げる。せめて魔法が使えたらと願うが、何度杖を振っても効果はゼロ。
「…――っ」

とにかく走った。
top
×