「――もう10年も前の事だ。私は、修行の旅の途中でこの島に立ち寄った。かつて『魔女の愛した島』と噂のたっていたこの場所で私は本物の魔女に会ったのだ」 「魔女の愛した島…?」 「ああ。――彼女は山の奥深く、未知の花々に囲まれ、静かに座っていた」 ざり、と何かを踏みつけてしまった気がして目を下に向ければ、足元に落ちていたのは鏡の破片だった。屈んでそれに触れれば、陽光に煌めいた破片が、一つで無いことを主張するように次々にまたたき始める。 一つ一つ拾い集めながら先を進めば、突如、あたりの空気が質を変えた。 「何だ……?」 森の土と雨の匂いで湿っていた空気が乾き、甘い香りの混ざった風がどこからともなく吹き抜けた。町の菓子の匂いではない。これは 「花…」 突然景色が開け、現れた一面の花畑。あまりの美しさに言葉を失い、感動のあまり、頬に涙の筋を落としたところで声がかかった。それは柔らかく、怯えた動物に語りかけるようにそっと。 「この島を魔女が愛した理由をご存知ですか?」 首を振れば、彼女はくすっと微笑んだ。 「ただ美しかったからですよ。 魔女だって、ふつうの女の子ですものね」 「花のように笑う女性だった。彼女の名前はローラ……ローラ・エバンス」 ジミールは思い出を慈しむように視線を落とした。 「私が生涯、たった一人愛した女性だ」 ← top → ×
|