「頭!角(カド)が!!」

クルーの一人が上げた声にキッドは大きく反応した。
「壁の角がありました!!」

「何!?」

すぐさま駆けつければその言葉の通り、透明な壁が九十度に折れる箇所があった。それを指の先に感じながらキッドは閃く。
「箱だ…これは壁じゃねえ!!」
そうなればやる事は一つ。

「野郎共!!!この“箱”のデカさを調べろ!残り三つの角を探せ」

「キッド、俺達は高さを調べる」

いち早くキッドの意図を理解したキラーが数人を引き連れて離れた。
「残りは箱に攻撃を続けろ!!ヒビでも歪でも何でもいい、全力で壊せ!ただし…――アイツに被害は出すんじゃねえぞ!!」
「おう!!!」
それぞれの使命を持って散り散りになったクルー達を見送ったキッドは、視線を感じて顔を上げる。
(何だ…)
改めて花畑を見回した。
「!!」

遠く、花畑の途切れる木陰から、身を潜めるようにしてこちらを伺う影。
視認すると同時にキッドは地を蹴っていた。
「頭!!?」


(野郎……!!)



悪魔のような形相で近付いてくるキッドを確認しながらもそこを動かなかった男を、キッドは引きずり出して地面に叩きつけた。


「全てテメェの差し金か、―――“背徳のジミール”…!!」

キッドの銃口が男の額に強く押し付けられた。男は苦痛に満ちた表情でキッドを見上げる。
「こんなつもりでは無かった!あの子は、ぐはっ」

「無事かどうかなんざ、聞きやがったら殺すぞ」

キッドの拳が男、ジミールの顔面を捉える。立て続けに何度か殴り、間髪を入れずに胸ぐらを掴み起こして凄んだ。焦りは薄れず、怒りを殺しながら押し出した声は震えているようでもあった。


「吐け、アイツを箱から出す方法を」
ジミールは血を噴き出しながら首を振っている。
「分が、わがらない…!ぜぇ、わだしはあの中に…っ入れもしながった!」

「―――じゃあ用はねェ。死ね」

キッドの指が引き金にかかった時、「キッドの頭!!」と背中に声がかかった。

「ヒート…」

「“箱”の仕掛けが分かりました!ありゃ……結界だ!!」

「結界…だと!?」

「とにかく早く来てくれ頭!ナマエ嬢がアナタを…っ」

キッドはジミールを力任せに突き放すと、一瞥をくれる事もなく再びナマエの元へ向かった。
ジミールは切れた瞼の血を拭いながら、自分もその背中を追いかけた。




「あの後すぐに他の角も見つかって、大体一辺が10mくれーのでけェ箱だって事が分かりました。その角のある場所に花が咲いてたんです」

「花?」
「青い花が四つ角全部に、…ただそれがどうやっても壊れねェんですよ!!何か理由が、」

キッドの後を息を切らせながら着いて来たヒートの言葉は、それ以上続かなかった。
キッドの動揺が空気を揺らすかのように伝わってきたからだ。



「―――…!!」

目の当たりにしたのは、血まみれのナマエの姿。
体中に浮かんだ痣は骨にまで及んでいそうなほど黒々と、「死」の影を引き連れてナマエを蝕み続けていた。ところどころ裂けた皮膚からは赤黒い血が地面を濡らしている。
「!!!」
ナマエの声は、こちらには届かない。
それでもその唇が何度も、何度もキッドの名を叫んでいるのが分かった。


「ナマエちゃん……急に血ィ吐いて…!」

「オレもう…見てられねえ!」
目を覆うクルー達を押し退け、箱の角、例の青い花を探す。案外すぐに見つかったその花に向けて、懐のナイフを突き立てた。

「退いてろ」

「頭!無理だ…!!」

「キッド!!それに触ると、」
キラーが言葉を続ける前に、花はナイフを激しく弾いた。バチバチィッ!!と電気の走る音が響く。
「キッド!!」
「頭!!!」




「…………なめんじゃねェ」

触れない?壊せない?――知るか、クソ野郎。

「花如きに邪魔されていいはずがねえ」






「この世界を好きになりたくない!あたし、絶対帰りたくなくなちゃう……!」

「今、海に出たくてたまらないよ」

「宜しく。ユースタス・"キャプテン"・キッド…!!!」


――「ねえ、海賊はそんなに楽しいの?」





俺は海賊王になる男だ。その俺が、欲しいと思った。そんなお前がここで終わるはずがねえ。――俺が、それを許さねェ。


「ナマエ!!!」

自分を手折らんとするキッドに向かって、既にバチバチと放電し続けていた青い花。
キッドはニヤリと口角を上げて、固めた拳を振り上げた。

「花如きに、
……――魔法如きに、テメェが負けてんじゃねェ!!!!」
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