私は杖を取り出すと、カウンターの透明な瓶の中にコロコロ入っている飴玉をひとつ浮かせて、自分達の方へ呼び寄せた。
「はい、おじさん口開けて。あーん」
ヒュッと杖を振って見事おじさんの口の中に飴玉をシュート。
ちょっと地味だったかな?と心配になったが、おじさんはたいそう感動したようで、目を輝かせて拍手をしてくれた。


「本物みたいだな。いやあ、懐かしい」

「さあおじさん、伝説の話をして!」

「いいだろう」
ケーキの上のチェリーをつまみあげながら、おじさんは話を始めた。

「この島には、西に大きな山がある。その山腹のどこかに大そう美しい花畑があるんだそうだ」

「花畑?」

「ああ。――で、だ。その花畑に昔、若い僧がひとり迷い込んだ。その場所で僧が出会ったのは、一人の娘だった」

「……ラブの予感。」

「その通り。僧も娘も一目でお互いを好きになり、毎日その花畑での逢瀬を繰り返した」

そばを通りかかったウェイターが、ふと私達の近くで足を止めた。
空のグラスにオレンジを注ぎながら彼は「その話なら私も耳にしたことがありますよ」と口をはさんだ。


「その坊主は悪魔に憑かれて死んでしまうんでしたよね」「オイ!ネタばらしするな!」

「おっと……これは失礼いたしました。」

ではごゆっくり、恭しく一礼して去って行ったウェイター。
オジサンの知り合いらしく、まったくアイツめだの何だのと愚痴を溢していたが、正直私はそれどころじゃない。

「お坊さん死んじゃうの!?なぜ!ハッピーエンドかと思ってたのに!」

「ふう。――実は少女は、ただの人間ではなく、死神だった」

「……しに、がみ?」

「ああ。山に迷い込んだ人間の魂を奪い取るため、花畑で誰かが来るのをじっと待っていたんだそうだ。」

「じゃあ全部罠だったの?」

「そうだともよ。まんまと少女に化けた死神に心を奪われちまったってわけさ」

おじさんは話し切ったと言わんばかりにのびをして、モンブランケーキの最後の一口を頬張った。私は、テーブルの木目を見つめながら口を尖らせるしかない。

「なんだ、伝説っていうよりもおとぎ話じゃない」

「まだ続きはあるぞ。―――死神は僧の魂と引き換えに、その花畑に一輪の花を咲かせたそうだ。色とりどりの宝石で作られた、美しい花を」



なんだか魔法みたいな話だろう。そう言っておじさんは今度こそ話を完結させた。
確かに魔法みたいな話だけど、そんな呪文教科書には載っていないし、聞いたことも無い。(……バイオレット・スパークとも関係なさそうだ)


「ありがとう、おじさん」

「ん?もう行くのか?」

「うん!お腹いっぱいだし、そろそろ帰らなきゃ怒られちゃう」

「そうか」
おじさんはにっと笑って私に手を差し出した。
「楽しかったぜ、魔法使いの嬢ちゃん」

「ナマエだよ。おじさんは?」

「ジミールだ。向こうの通りで果物屋をしてる。時間があったら遊びに来てくれ!」

結局おじさんにご馳走して貰い、お礼をしてからお店を出た。
うん、あたしやっぱり情報収集には向かないや。
top
×