「と、とりあえず冷静になって考えよう。深呼吸。ヒッヒッフー」

分けが分からないなりに一旦立ち上がった私は辺りを見回した。

ニューカレドニアの浜辺よろしく真っ白な砂浜と、今まで目にしたことも無いようなコバルトブルー。

私が倒れていた場所には、教科書の詰まったバックが昼寝をする前に置いた時のまま落ちていた。ローブを漁ると杖もあった。
振り返ると低い木の寄せ集まった林があり、その向こうからは白い屋根がいくつも突き出しているのが見える。たぶん町があるんだ。無人島ではないらしい事にとりあえず、ホッとする。


――しかし、だ。

「何故こうなった」

私はただ、本当に、ただ昼寝していただけなのだ!もしかして今この状況は夢?
ベッチン!
引っ張るだけじゃ飽きたらず結構な力で叩いてみたけど依然として状況は変わらない。あ、ほっぺは赤くなったよもちろん。



「ローンー!」

とりあえず呼んでみた。
何でロンが真っ先に出てきたかはほんとに分からない。

「ハリー、ハーマイオニー」

とりあえず呼びながら歩く。
歩く度に水の溜まった靴がビシャ、ビシャと鳴って不快感が増したから、途中から靴と靴下を手に持って浜を歩いた。
細かい砂が濡れた足にくっついて余計不快になった。まあいいや。


「フレッドー、ジョージー、マルフォーイ、リドルさーん、皆どこだーい……」

あ、今挙げたのは私がホグワーツでわりと親しくしてる面々だ。
基本広く浅くがモットーなのである。
それもまあいい。

皆は「ナマエには危機感がない」というけど、私だっていっぱしの人間だ。危機察知能力だって察知している。今なんかガンガン来てるよキテますよー!警報鳴りっぱなし。
ここほんと、どこなんだろ。私は無い頭を必死に絞って考えた。

「ダイアゴン、では、ないよね」

分からなければ人に聞きましょう。というのは変身術の授業で友達を未知の深海生物に変えちゃった時に、マクゴナガル先生が私に下さった有難いお言葉だ。

「よし、街に向かおう………あり?」


ここから少し先、背の高いヤシの木が寄せ集まった辺りの浜辺に人影発見!ラッキー!ついてるぜ!
私は「スイマセーン!!」と大声を張り上げながらその人に近付いて行った。

「あのちょっとお尋ねしたい事がー」

近付いていくにつれてとある違和感に気付く。
どーもあの人、人を片手で締め上げてるように見えるんだよね。そして角度的に見えてきた、こんもりとした岩山。あれ、岩じゃなくて人じゃね?人山じゃね?

私の足は小走りから、歩きになり、そして完全にストップした。


「・・・・・・・」

こ、れ、は、


――ロンの赤毛なんて比じゃない。燃えるような、赤。
筋骨隆々という言葉がぴったり当てはまるような身体つきがハッキリと伺えてしまえるほどの、位置に、来てしまった。


「……あァ…?」

緩慢な動作で振り返ったその人は悪魔のような顔をしていて、私は情けなくも、ドタリと尻餅をついてしまった。

「や、やば……」

おっかなさマックス!立てない!こんなのは初めてだ。目に見えない、威圧感のようなものに押し潰されている気分。
そうこうしているうちに男は、片手で持ち上げていた人をポイと放って体をこちらに向けた。放り出された人は頭から血を流して白目をむいている。

え?え?ナマエちゃん劇的ピンチなんですけど!!
こんな分けわからん場所で劇的ピンチなんですけど!!

「タッ」

「?」

「タンマ!!」

私は片手を突き出して男に手のひらを向けた。男の足がピタリと止まる。
私無抵抗ですよー
いたいけな少女ですよー
喧嘩いくないよー

しかし、タンマの威力とは何とも短い。ニヤリと加虐的な笑みを浮かべた男は首をバキバキ言わせながら私の方へザッザッと進んでくる。

「ひー!」

「テメェ…今の奴らの仲間か」

「暴力いくない!」

ザッ

太陽と私の間に立つ男。逆光のせいで恐ろしいものが殊更恐ろしく見えてくる。私は目の前のピンチを切り抜けるべく、とりあえず深呼吸した。えーと、なんだっけ?"今の奴らの仲間か"だったな。今の奴らってきっと今俺がフルボッコにしたやつら、って事だよね?


「仲間じゃない!むしろお兄さん、私の仲間を知りません?」

「知らねェよ」

会話成立。
よし、この悪魔は言葉が通じる。

「私全然あなたとケンカする気ないんで!どうぞ許してください。ごめんなさい。」

「断る」

「良かった、それじゃあ……え」

な、なん、だと?
私が今の台詞を聞き間違えだと信じ込もうとしている傍らで、男は嘲笑うように私を見下ろした。




「俺は今最高にムシャクシャしてんだ。…居合わせたのが運の尽きだ、ガキ」

こ、こいつ

「……悪逆非道とか…言われません?」

「…」

男の笑みは肯定に違いない。
私はローブから取り出した杖を真上に向けて、叫ぶように呪文を唱えた。


「モビリアーブス(木よ動け)!!!」

「!!」

杖から飛び出した閃光がヤシの木に直撃し、ヤシの木は大きく仰け反った。そしてその反動で男が立っている位置に幹ごと振り下ろす。
間一髪で避けた男は、さっきまで自分が立っていた砂浜がざっくり抉られているのを見て顔を引きつらせた。

「ど、どうだ!伊達に四年も勉強してないもんね!」

「てめェ、一体」
ボンッ
ゴンッ
男の頭に二つ連続でヤシの実が落ちた。え、痛そう!頭を抱えている奴を見て思わず吹き出しそうになった私の頭にも天誅、とばかりにヤシの実が落ちてきた。オイコラ!それは無しだろ!


「……ッてェな…」

正に地を這うような声が聞こえてきた。私はざっと立ち上がって一目散に走り出す。
ヤシの木が邪魔してくれている今がチャンス!

「この足に宿れ!ダッシュの神!金色のダッシュベル!」

「待ちやがれゴラァ!!」

「ひーーー!」

走りながら振り返ると大変な瞬間を目にしてしまった。「!!」さっきの人が急に飛び出してきたヤシの木の根っこに躓いて、地面にダイブする前の、その滞空時間を。私はすぐさま目線を外して走り出した。
ズッサササ。―――止まってはいけない。100%殺られる。

懸命に走りながら私はたくさん考えた。

ここって学区内じゃないよね。うん、ホグワーツに海あるとか聞いたことないもん。じゃあさっきのモビリアーブスは学校外で使った魔法って事になっちゃうのかな!したら、アレ?あたし退学?そんなバナナ!!

「…」
それよりなにより、
なんであのひと魔法使ってこなかったんだろ…。

(あのアマ……殺す)
(……何してる、キッド)
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