海賊の宴会騒ぎに、いつまでたっても終わる見通しがつかなかったため、私は一足先にお暇させてもらうことにした。

「じゃあキッド、あたし先に寝るよ」

「部屋の位置は分かるな」

「うん。おやすみ」

「あァ」

出口までの間でも色々なクルーの人と言葉を交わし、(歓迎はされたらしい。うれしかった。)扉を開ける。夜風が目に染みて、そして私の感心はすぐ別のものに移った。


「う…わぁ…!!」



後ろ手に扉を閉めて船縁に乗り出す。
静かなさざ波の遠くには、満月の少し手前と思しき大きな月が。水面にもしっかりと自分の姿を揺蕩わせている。

「夜の海って、真っ暗なイメージあったけど…」

月明かりの所為か、空は深い紺色で星のまたたきもささやかなものだった。
それでも海の上から眺める夜空は初めてで、そのあまりの綺麗さに息を飲んだ。









「……」

静かにドアが開く気配がして、振り返ってみると驚いた顔のキッドが。
「てめェ…まだ寝てなかったのか」

「うん。…だって」

「…」

空へと顔を戻した私を見て、キッドも言いたい事が分かったらしい。「魅入るほどのもんでもねェだろう」と、ここは同意を得られなそうだ。

「…そうだ!キッド、能力者はカナヅチだって言ってたよね」

「ああ。」

「でも空は飛んでも大丈夫だよね」

私の発言に、キッドは頭の上にハテナをいくつも並べた。怖い顔が難しくなって少し面白い。なんて言ったら絶対ぶっ飛ばされるから言わないけど!
私は杖を掲げた。

「アクシオ、箒」

部屋の脇に立てかけておいた箒がすぐに飛んでくる。



「ほら、乗っていいよほげあーっ」「馬鹿か。」
落とされたゲンコツはかなりの痛さで目の前に火花が散った。箒を取り落して両手で頭を抑える私に、キッドはブチ切れ寸前である。アレ?何で??

「何で俺がテメェの後ろに乗んなきゃいけねェんだ!」

「よっ夜の水上散歩を楽しもうと思って」

「一人でやってこい!俺を巻き込むんじゃねェ!」

「なんでそんなに怒るのさ!」

「テメェが俺を落とすとも限らねェからだ!」

「しっ信用ないわけ!!?私今更キッド裏切ったり絶対しないのに!」

「そういう意味じゃねェ!俺はテメェの運転か信用ならねぇだけだ!」

「なんですって怒ったぞもうううう!!あたしこう見えてグリフィンドールのクディッチの選手なんだからね!ハリーいなかったらあたしがシーカー間違え無しって言われてたんだから!!」

「テメェ俺の知らねェ単語ペラペラ持ち出すんじゃねェよ!!」

「キッドのバカ!あんぽんたん!!」

「何だとテメェ!」


私達の怒鳴り声が聞こえたのか、何の騒ぎだと食堂からクルーの人達がぱらぱら顔を出し始めた。
旗色悪しと撤退を図ることに決めた私はさっさと箒に跨ってキッドに舌を突き出した。

「いいもん!一人で行ってくるから!」

「5分で戻れよ!」

「6分で戻るわ!バーカ!」

フォークを投げつけられた。私はべそをかきながら船縁を蹴った。
甲板がどよめいたのも気にしない。メインマストに沿って宙を登り、船の上空で一度旋回してから進行方向の海の上を飛んだ。


「…キッドのばかたれ」

ぽつりと呟いた言葉も潮風に混じる。
海面に靴の先をつければ、白い飛沫が後ろに上がった。


このまま船を置いて飛び続けても、いつまでたってもあの水面の月には追いつけまい。きっと途中で遭難してしまうだろうし。それじゃああまりにつまらない。
だから私はキッドの船を下りたりしないし、逃げたりもしないのに。

「5分で帰ってこいとか…落とすんじゃないかとか……信用なさすぎじゃんか」


しばらく不貞腐れながら海面を滑るように飛んでいた私は、くるりと身体を反転させて船の方を見た。

「……でっかいなぁ」


私がこれまで見てきた中で間違いなく一番大きな船。船上に灯るオレンジの明かり。キッドがその名をを知らしめる為いつかにかかげた海賊旗は、夜風にはためいて誇らしそうだ。


キッドはこんな大きな船の船長なのか。

それで、この船に乗ってるクルー皆の命を預かっているんだね。

改めてそう気が付くと、さっきのキッドの怒りっぷりにもまだ納得がいく。
私はクディッチの腕がいいけど、もし…何かあり得ないくらいの突風に巻き込まれてキッドを海へおっこどしてしまったら?――私はキッドに命を預けたあのクルー全員の人生なんてとても背負えない。

「……」
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