ギャハハハ!ギャハハハ!船のあちこちで豪快な笑い声が響き、グラスをぶつける音が響く。食堂に顔を出した私はその騒がしさに驚きを隠せなかった。

「遅ェ。」

「あ、キッド…」

「来い」

言われた通りキッドの傍に寄ると、カウンター越しにコックらしき男の人がニッと笑った。

「嬢ちゃん、酒は強いか?」

「え?いや…」

「止めろ。コイツに酒は飲ませんな。」

「(自分だって飲ませたくせに)オレンジジュースとか…あります?」

「ジュース?…――ああ、だからか!!」
ポン、と手を叩いたコックさん。

「ああ、あるぜ。お頭の酒のリストにジュースがいくつか混ざってたから買ってきたんだ」

「(酒のリスト…)」

「見たときゃ首をかしげたが、成程アンタの為だっ「オイ、余計なことほざいてんじゃねェ!」…オレンジだな?ちょっと待ってな!」

さっと厨房の奥へ消えていったコックさんを、慌ただしい人だなと見送りながらキッドの隣に腰かける。

「―――聞け、野郎共!!」

「うほぁ!ドスのきいた声だ!」

驚きのあまり反射的に声をあげた私に強烈なデコピンを食らわせたキッドは、嘘みたいに静まった食堂によくとおる声でこう続けた。

「知らねェ奴はいねェだろうが、新しくこの船のクルーになったナマエだ」
そ、そっか、自己紹介!
私は慌てて立ち上がった。
「ナマエです!!」

「こいつは今後雑よ「好きなものはハムエッグとノンノおばあちゃんのおにぎり!嫌いなものはおはぎです!」オイ「特技は魔法。苦手な事は、脅迫・強奪・人殺し!」てめぇ「空飛ぶ仕事は任せてください。不束者の魔法使いですが、どうぞ仲よくしてくだッペァ!!」喋り過ぎだ黙ってろ!!」

「拳で黙らせるなんて…野蛮人!」

「見ての通りアホだが、物は使いようだ」

「本人を前にして…」

「戦闘には参加させなくていい。そういう契約だからな。――ただ他の雑用に関してはどんどんコキ使え。甲板掃除も5、6回すりゃ魔力も溜まんだろうからな」

「みなさん!どうぞ私がか弱きレディだということは忘れずに!この貧弱な二の腕を目に焼き付けて!」

「あァ、そうだ。…ナマエ」

私が皆さんに白っぽい二の腕を披露していると、キッドがそっと耳打ちしてきた。


「?…そ、そんなことして何の意味が!?そもそも受け取れなかったら」

「いいからやれ」

「…―――アクシオ、ナイフ!!」

言われた通りにナイフを呼び寄せる。クルーの数人が腰かけていた、遠くのテーブル席から一直線にこちらに向かってくる刃(今度はフォークじゃないよ!)。そのあたりにいた誰かの武器らしい。
このままだとぶっ刺さる。


「ギャー!!あ、止まった」

「俺の能力何回説明させる気だ」

「Oh」

「鶏女め。」

「!!?」

「――、今ので分かったと思うが、戦闘能力はゼロでも殺傷力はある。死ななかったら俺が殺す。生きていたけりゃ手ェ出すなよ」

クルーの皆さんが何故か一様に青ざめていくのが分かったが、私はキッドのニワトリ女発言で精神をやられていたため特に気にならなかった。キッドの「話は以上だ。」の一言でざわめきを取り戻した食堂。
私はフラリふらりと椅子に腰かけカウンターに突っ伏した。


「具合でも悪いのか」

「聞いてくれますか?…あれ、あなたは」

「こうして話すのは初めてだな。――俺は、」

「ジェイソンッッッ!!!」

「キラーだ。」

「ちがった…。」

でも忘れもしない。この人は火を吹くヒートとともにあたしを追っかけてきた電動のこぎりのジェイソン野郎だ。

「あの時は手荒くしてすまなかったな」

「え」
戦闘態勢で身をかがめていると、彼はマスクの奥で小さく謝罪した。

「キッドが手足をもいででも連れて来いというものだから」

「犯人はお前か!」

「あ?何の話だ」

「とにかく、これからよろしく頼む。」

差し出された手をおずおずと握る。大きくて男らしくて、ちょっと離したくなくなるあったかい手だ。

「…いつまで握ってんだ!!」

「へぶっ!い、痛い!すぐぶつ!」

「るせェ!」

「(波乱万丈な航海になりそうだ。…それにしても小さな手だな)」
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