「キッド…」

「あ?」

「もう出航?出航だよね?」

「あァ。」

「…」


そわそわ


「…」


そわそわ


「…」

「落ち着け!テメェ!」

「うほ!びっくりした!」

「何なんださっきからソワソワしやがって!」

「そりゃするさ!あたし海なんて初めてだもの!」

私とキッドは、クルーの人達が荷物を船に運び込んでいるのを見ながらそんなやり取りをしていた。
生まれはロンドン、育ちもロンドン⇒ホグワーツ。
私の行動範囲の狭さって言ったらないよ?海だって、こうして船に乗って渡る日がこようとは夢にも思わなかったし。


「……沈まない?」

「沈まねェよ!出航前に縁起でもねェことほざくな」

キッドに力強く頭をグリグリされたので、私は唇を尖らせて船首の方へ向かった。
水平線の向こうには頭の先だけ垣間見せる夕日がある。

「太陽が溺れてる」

魔法界にいた時は、こんな景色見たことが無かった。
見る見る間に沈んでいった夕日は、空に鮮やかなオレンジ色を残していなくなった。綺麗だな。綺麗。おやすみ、太陽。


「オイ」

「……ん?」

「泣くのかよ」

「え」

いつの間にか横に立っていたキッドを見上げる。赤い髪は汐風に揺れ、まるでライオンのたてがみの様だ。
(あたし、泣きそうな顔してたのかな)
「泣かないよ」

「…」

「でも、変な気分。」

できれば出航は朝が良かった。起きたての高いテンションのままワー!っと海に飛び出せるから。
夕暮れ時の、こんな美しい時間帯の出航では、そうもいかない。

「今、わくわくしてるの…」


キッドの言う『ひとつなぎの大秘宝」と、ここにいる私達は海で繋がっている。進み続ければいつかそこに辿り着けるはずだ。
私はその時にはもう居ないかもしれないけど、できるだけ長く冒険をしたい。
他の海賊達とも会ってみたい。(できれば、海軍、というのも見てみたい。)
クザンは海の上を自転車で走っていたし、ドフラミンゴは人を操れる。キッドは金属を自由自在だ。
魔法とは違うけど、魔法のような能力の数々。

「―――ねえ!教えてキッド」

私はキッドの肩に手を伸ばし、それを支えに船縁に飛び乗った。
太陽を飲み込んだ黄金色の海に向かって、大きく腕を広げる。

「この先の海には、何があるの…!?」



碇を上げろ!

「俺たちの知らねェ、全てだ―――!」

そう答えたキッドは、私が今まで見てきたどんな大人よりも、愉しそうに笑った。
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