「この海を渡り切り、その財宝を手にしたものが…――海賊王だ」

全てを話し終えたキッドは酒を一口煽り、口の中を潤すとナマエの方に視線を向けた。そしてぎょっとする。

「テ、テメェ、何泣いてやがんだ」

「……ううぅっ」

ぼろぼろととめどなく流れ出る涙を凝視していると、水分をたっぷり含んだ大きな瞳にぎっと睨まれた。あまり見慣れぬグリーンの瞳が鮮やかに揺れるさまを、キッドはじっと見返す。

「……あたしが楽しいもの好きと分かっててこんな話するなんてずるい」

「あ?」

季節も天候も、起こる出来事ですらめちゃくちゃな海

数多くある悪魔の実

海を渡り終えて航海を終えた海賊王の最期の言葉

ひとつなぎの大秘宝 ワンピース…!

何て面白そう、何て楽しそう、この世界にはロマンや冒険や夢があった。
魔法界もつまらなくは無かったけど、この世界から見ればやや面白みに欠けるのだ。未知の海に対する私の期待値は、とんでもなく跳ね上がっていた。


「おかげで、今……海に出たくてたまらないよ」


キッドはその言葉を聞いて細い目を見開き、そして満足げにニヤリとした。
「海賊は総じてずる賢いもんだ。欲しいもんがそこにあんなら、尚の事な」

「…でも私」

「うぜェ」

「ガビン」

「いつか帰るだの何だのと、まだ先の事をうじうじ言うな!」

立ち上がったキッドはあくまで豪快に言ってのけた。

「やりてェ事をやんなくて何になる。言っとくが、今はもう戻ってはこねェぞ」

「、」

「俺はテメェが欲しい。仲間になれ、ナマエ」

「…な」

なんて、強引なんだ!
海賊は欲しい者は力ずくってのはよく聞く話しだけど、こんだけ根気強く勧誘されたのちの力ずくなら少し許せてしまいそうな気さえする。
おそらく私がキッドの海賊船に同乗したとして、大した役には立たないだろう。
魔法使いと言えどこんな小娘である。キッドもそれは分かっているはずだ。分かっていて、俺の船に乗れと言う。

キッドの自信に満ちた瞳が告げている。
――テメェの望みは何だ。常識も良心も今の状況もすっ飛ばして、やりてェ事があるだろう!




私はキッドの持っていた酒瓶を奪い、勢いに任せてぐっと煽った。
ポカンとするキッドを尻目に、喉が焼けつくような熱さと痺れを堪えて残りを飲み下す。


「ごく、」

空になった瓶を地面に落とすと、高い音を響かせてそれは粉々に砕け散った。私は口元を袖でぐっと拭って、キッドに向けて右手を差し出した。


「宜しく。ユースタス・キャプテン・キッド…――!!!」


キッドはそんな私を見て一拍置くと、豪快に笑いだした。差し出された右手は、キッドの逞しく男らしい掌に飲み込まれる。
「気に入ったぜ」

「そっすか、よかっ」

フラ


ぱた



こうしてキッドは優秀な魔女を一人手に入れたわけだが、どうしてか、それ以降の記憶は私の頭からブッツリ消えている。
次目を覚ましたら一晩泊まったあの宿のベッドの中で、病気じゃないかと思っちゃうくらい頭が痛かった。

(…夢?)

こめかみを押しながら身体を起こすと、私の首に不釣り合いにひっ下がっているゴーグルが目に留まった。
…このイカついの。とっても見覚えがある。

「夢…じゃない…?」

視線を傍のローテーブル上に移せば、殴り書きのメモと麻の袋を発見した。

――急性アル中だ。バカはとりあえず休め。
出航は夜

逃げんなよ。――



名前は綴られていずとも、誰が書いたものかは一目瞭然。
麻の袋の紐を解くと、中でジャリと重たい音がした。覗けば札束と金貨がいくつも入っている。恐らく、これで必要なものを買い揃えておけということなのだろう。うーん…小癪な!

カーテンの隙間からの陽光が眩しくて、首元のそれを押し上げて付ける。
眩しくは無くなったけど緩くてすぐに落ちてきちゃうな。
私はそれを、今度は、奴のように額に押し上げてみた。今度は落ちなかった。

「…」
壁についている鏡に映った自分を見て、ようやくこの現実に自覚が持てるようになってきた。パパ、ママ、ハリーや皆、

私 海賊になりました!
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