夜の街


何とも格好よく彼らに別れを告げた私だったが、よく考えていれば一文無し。これから本格的に夜になり始めるって言うのに宿も見つけられない今現在。
試しに杖を振ってみたけど新しい呪文を使うことはできなかった。何か良い事しなければ…!

「ん?何だこれ」

道に落ちていた四角いものを拾い上げると、それはお財布だった。
えええ!何これ神様からのプレゼント!!??これでしばらくは平穏無事に過ごしなさいって言う神様からのお告げ的な「おい姉ちゃん」

「はい?」
振り返るとすごい厳ついおっさんがいた。私の中の危険探知センサーがビビビビとなり始める。

「それ、俺の財布なんだがスリやがったな?ああ!?逆にすり潰すぞゴラァ!」

「ととと突然キレ始めたー!ち、違うよこれ今拾って…っつーか何の逆!!?」

「問答無用だ!!!やっちまえ野郎共ォ!!」

「また野郎共かよ!お前ら皆単独行動しろバーカ!」

私は相手に財布を投げつけて走り出した。もう何で今日こんな逃げてんだろ、あたし。くじけそうだ。


「…!」

前方に巨大なピンクの塊が見えてみた。
ピンク。モコモコ。フワフワ。を兼ね備えたそいつを前に乙女心が騒ぎ出す。抱き着きたい衝動に駆られるも背後の敵を気にするとそうも言っていられない。と思わせといて、やっぱり抱き着いちゃーう!!(お前何とか言わない。)だってモコフワピンクの誘惑には誰も勝てないもんね!わたし結構余裕だ。

「そーうれっ!」
私が地面を蹴って巨大なピンクに飛びかかったところで、ピンクが「ん?」と振り返った。
目に飛び込んできたのはセクシーな胸板。

「!!」

空中でろくな動きもできないまま私はその胸板に飛び込んでしまった。口からは「ギャー」と女の子らしくもなんともない悲鳴が出ちゃったけど、しょうがないよね?だってまさか人間だったとか思わなくね?ふつう着ぐるみだと思わね?

「フッフッフ…!何だかわかんねェが…随分積極的な嬢チャンだぜ」

「ギャー!ギャー!あ、追手」

私はひとまずモコフワさん(仮)の胸板に背中をくっつける形をとり、ピンクのコート(コートだった…)をカーテンのように前で閉めた。
はたから見たら足が4本あるピンクの毛玉だろうと思う。

「出会い頭にごめんなさい。どうか一時かくまってください」

「フフフ…俺はミノ虫じゃねぇんだがなァ」

「存じてますともっ」

「まァいい。嬢チャン、追われてんのか?」

「はい。あらぬ罪をかぶされまして」

「それはお気の毒になァ。フフッフフ…」

以上は毛玉の外と中とでの会話だ。勿論小声である。
そうこうしている間にバタバタと足音は遠ざかって行く。私は毛玉から顔だけ出して、道に"野郎共"がいないかをしっかりと確認した。右よし!左よし!ふう、逃げ切った。私は毛玉から抜け出して礼儀正しく頭を下げた。


「フワモコさん、大変お世話になりました」

「おいおい嬢チャン俺の事じゃねェよなァ?」

「…モコフワさん?」

「どっちも違ェよ、俺はドフラミンゴだ。ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

「ドンキーでフラミンゴなんだ!」

「フッフフフ!通じねェなァ…」

「うっそぴょーん!ドフラミンゴね。分かったから私の頭を握り潰さんとしているそのおててを離してくれたらうれしーな!ごめんなさいすいませんでした!」

「フフ、イイ子だ」


誠心誠意を込めて謝ったおかげで私の頭は何とか守られた。
「…」
しかし、改めて見ると、何とまあ…

「…何リットルよ」

「あん?」

「毎日何リットル牛乳飲んでんだって聞いてん、あだだだだだ縮む縮む縮んじゃう!」

「嬢チャンは随分小せェなァ。…そういや名前聞き忘れてたぜ」

片手で人の頭を捻り潰せそうなドフラミンゴは私に尋ねた。一瞬「山田花子です」と答えかけたけど、目の前でボッキボキ鳴る指を見て大人しくフルネームを名乗った。


「ナマエか。俺はドフラミンゴでいいぜ。」

「分かった」

「フフフ…!そうだ、おめェ何だって海賊に追われてたんだ?」

「え…あの人海賊だったの?」

「俺もだがなァ。フッフフフフ!」

「ふうん。……この島の海賊率ハンパじゃないね」

「(さっきも今も、俺の名を知らねェみてぇだな。面白ェ!)…今はどこもこんなもんだぜ。何たって"大海賊時代"だからなァ」


…―――大海賊時代。
「…」
それがこの時代の名前なんだろうか。

プルプルプルプル…

「何この音」

「ああ悪ィ、俺だ」

「!!」

そう言ったドフラミンゴはなんと、懐から手のひらサイズのかたつむりを取り出した。しかもそれを電話のように扱い始めたから、こっちはもう驚愕するしかない。


「あァ?……フフフ、もう着く。そうがなるな…」

「?」

サングラスで目線が定まらないドフラミンゴに、一瞬見つめられた気がした。

「ああ。…面白ェもん見つけてよ。ついつい寄り道しちまった、フフフッフフ…!」

「…フフフフ、あだ!」

興味本位で真似したらデコピンを頂戴した。結構いてえ!
数秒してからかたつむりをしまったドフラミンゴ。さて、と自分の顎に指を添えて首をかしげた。


「悪漢に追われてんなら俺が匿ってやってもいいぜ…?フフフフ」

「かなり悪巧みっぽい笑い方が気になるので遠慮しとこうかな」

「フフッフフ…後悔すんなよ?」

「あ、でもやっぱそのフワモフはちょうだい!」

「やらねェよ」

私の額をペシリと叩いたドフラミンゴは、独特の笑い声を響かせながら私に背を向けて歩き出す。かつてないガニ股具合に驚愕している私に向かって、後ろ手に手を振る。

「俺は暫くこの島にいるから、次会った時ゃ攫われねェよう気ィつけろよ、ナマエ?フッフフフフ」

「(誰にだろう。まーいいか)分かった!またどっかでね、ドフラミンゴ!」

「(どこまでも俺の話を聞いてねェな)…ま、いいか…。フフフ」
私は去りゆく巨大なピンクを見送って、ふと気付いた。

……うん。
何も解決してねえ!

(ふり出しに戻った!)
(ん?嬢ちゃん、あんた昼間の魔女さんかい?)
(ほへ?)
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