「三成、」



男の逞しい腕がのびる。
微かに私の頬に触れた指は小さな震えを残して離れていった。



「何の用だ」
「………なんでも、ない」



一旦何かをいいかけた口は何の音を発することもなく、歯切れの悪い答えを出した。
情けなく眉が下がって寂しそうに笑うのは、この男の癖なのだろうか。



「用がないのなら引き留めるな。私はもう行く」
「三成っ!」
「だから何の……っ!?」



いきなり引き寄せられてバランスを崩した先は分厚い胸板の中。
息が出来ない程に込められた力はどうやら緩まることを知らないらしい。
男は日だまりのような、優しい匂いがした。



「…っ、おい、家康!貴様離せっ…」
「…」



男の意味のない行動が何を言いたいのか解らなくて、見れば顔こそ見えないものの、男は確かに震えていた。
そして小さく息を吐き、また力を込めるのだ。



「家康ッ…、締め殺す気…」
「…すまない」
「…は?」



顔を上げた男は泣いてなどいなかった。
決意に満ちた真っ直ぐな目をして、しかし悲しそうな。
小さく小さく、みつなり、と私の名を呼ぶ男は手を緩めようとはしない。



「い、えやす?」
「悪いな呼び止めたりして!じゃあ、ワシはもう行く」
「おい家康っ!」
「ん?」



再び視線を交えた男はいつもの太陽のような笑みを浮かべた。
先刻までの男が嘘のような。
あまりに変わらない姿に、何も言えなかった。
さっさと行け、とだけ言えばじゃあな!と振り返る。



それが、奴と最後に交わした言葉だった。
奴が全てを裏切る前の話。






そして君は消えたでしょう?




すまない。
お前を裏切ってしまうのに、こんなにも、愛してしまった。





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