「三成、あれを見てみろ」


男は笑顔で城下を指差していた。何をそんなに嬉しそうにしているのか私には理解出来ない。


「何だ、××」
「みんな笑ってる、幸せだな」
「フン、当たり前だ、秀吉様がお造りになられる国なのだから」
「はは、そうか」


男は一瞬眉を潜めたようにも見えたが、直ぐに笑顔に戻った。
それが作り笑いだと気付いてはいたが、何も言わない。


「秀吉公について良かったな」
「当たり前だと言っているだろう。秀吉様と半兵衛様はこの日ノ本の希望なのだから」
「違いない。…なあ三成、」


私を呼ぶ声が真剣だったから、真っ直ぐに男を見据えてやる。
男は眉を下げて、今度こそ本当に、だが少し寂しそうに笑った。


「いつかワシとお前も、秀吉公と半兵衛殿のようになれるといいな」
「…何を言っている」
「いつか…ワシとお前で天下を造りたいよワシは」
「天下は秀吉様のものだ」
「だが人はいずれ亡ぶ。そしたら…ワシとお前で泰平の世を造ろう!三成!」
「…くだらん」


それ以上の対話を拒否する、と背を向けたとき、男は困ったように眉を下げていた気がする。










いい気味だ。


泣きそうな男を見て思う。
己の臓器が破裂する音を聞きながら、思い出すのはあの日々ばかり。


知っていた、気付いていた。
男の好意など。
目を瞑り、何も解らないふりをしていただけで。
盲目でありたかった。


今思い返せば、もしかしたら。
私も、男を想っていたのかもしれない。
温かい掌も、優しい笑みも、太陽のような眩しさも。
全てが、愛しかったのかもしれない。


だが、今更気付いたところでそれは過去の話でしかなく、あれだけ愛しかった(愛しかった、らしい)男は、今は私の憎悪を煽る存在でしかなくなった。
密かに男に募らせていた山程の想いは、あの日一瞬にして消え去ったのである。
もう、男を眩しいとは思わないし、傷のついた掌を見てももっと傷がつけば良いと思う。
それは、私の絶望の欠片にすら及ばない。



私と同等の絶望を味あわせることだけが私の生きる理由であり、逆に言うならばそれ以上に私が生きている理由等なかった。

この、関ヶ原で××を殺めようなどと、そもそも殺められるとすら考えていない。




「     !!」



男の泣き叫ぶ声。
あの頃ならば、耳に入れることも痛々しい酷い叫び声も、今は至福でしかない。


ああ、そうだ。
そうやって叫べばいい。
悲しめばいい。
生きていることすら嫌になるほど、苦しめばいい。
そうして、



「私の絶望を、知れ」





君が全部教えてくれた




愛し愛される至福も
護り護られるぬくもりも
裏切られる絶望すらも。




text by 先に行ってて